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第45話 すれ違う想い

一人取り残されたクライドは苛立ちを募させ、近くの壁を強く殴った。

手にじーんとした痛みが伴うが彼は気にしていなかった。


何故こうなってしまった。

婚姻を早めることを彼女に伝えた時、彼女は驚きの顔と共に僅かな悲しみを表していた。

王宮には目に見えない思惑や危険が潜んでいる。

自分の地位、利益の為だけに他人を利用して蹴落とし、時には命さえも狙われる可能性がある場所だ。

だからこそ彼女を守る為に自分が下した決断が正しいと信じて疑わなかった。


彼女と口論になっても自分のやり方を貫こうとした。

それがアリスの為だと信じて。


「私が間違っていたのか……」


後悔と共に言葉がこぼれて落ちる。

彼女の提案で家臣達と少しずつ言葉を交わすようになってから家臣達の態度が少しずつ変わっていき、彼女は喜んでくれていた。

良い方向に変わってきているのだと。


今までの自分ならばアリスのことを疑い、切り捨てていた。

面倒な女だと。


だが今はいくら面倒でも手に届かなくても手放せなくなっている。


「………ッ」


クライドは壁に掛けていた剣を手に取り、コートを羽織って部屋を出て廊下を歩く。

アリスはヨルが探しに向かっているが彼は居てもたってもいられず、自ら探しに向かう。


「陛下!こんな夜中に何処に向かわれるおつもりですか!?」


クライドの姿を目にした騎士達が慌ててクライドの方へと駆け寄る。


「私の婚約者がいなくなった。今から探しに向かう。そこを退け」


「なりません!危険です。部屋にお戻り下さい。それに婚約者様ならヨル様が探しに向かわれております。ヨル様からの連絡を待ってからでも遅くはありません」


「私に歯向かうのか?」


ギロっと冷たい双眸で睨まれた騎士の一人は固まってしまう。

しかしもう一人の貫禄を漂わせた年配の騎士は真面目な顔をしてクライドの目を見た。


「陛下。婚約者様がご心配なことは分かります。ですが陛下は国を治める尊きお方。感情に流されず、今一度正しいご判断をして頂くようお願い致します」


「……………」

「……………」


二人は互いに見合ったあと、クライドは騎士から視線を逸らして静かに告げた。


「部屋に戻る」


彼はその場から踵を返し、自室へと足を向ける。

憤りと焦りが募る。

しかし、先程の騎士の言う通り彼女を思うあまりに国王としての冷静な判断が欠如していた。

クライドは短くため息をつく。

ヨルは他の騎士達よりも有能だ。

彼なら無事にアリスを見つけてくれるだろう。


「頭を少し冷やすか……」


クライドは小さく呟いた。


****


「んっ…くすぐったい……」


小さな手に顔を触れ、くすぐったさを感じて目を覚ました。

目の前には3歳くらいの男の子がベッドの上で私の目の前におり、私の顔を嬉しそうに覗き込んでいた。


「ねぇちゃ…おきっ」

「おはよう。ダリー君。起こしに来てくれたんだね。ありがとう」


私はダリー君の頭を優しく撫でた。

昨日、私は商人の方のご好意で家に泊めてもらった。

彼と同じく奥さんも気が良く、思いやりがある優しい人で快く私を受け入れてくれた。

一晩の宿のお礼に息子のダリー君のお世話を手伝ったら何故か懐かれてしまった。

ダリー君は愛嬌があって人見知りしない子。

夜寝る時も私と離れたがらなかった。


私はダリー君をベッドからそっと下ろして身支度を整えて一階のリビングに降りる。

リビングでは商人のリカルドさんが新聞を読み、奥さんは朝食の準備をしていた。


「おはようございます」

「おはよう。嬢ちゃん。よく眠れたかって…ダリーお前嬢ちゃんのところにいたのか!寝てるのだと思ってたのに!」


私は腕に抱いていたダリー君をリカルドさんにそっと渡した。


「パパ…やっ。ねぇねがいい~」

「ダメだ。俺で我慢しろ。嬢ちゃん、悪かったな。うちの息子が勝手に部屋に来てしまって…」


申し訳なさそうにするリカルドさんに私は小さく手を振り、笑って答えた。


「いえ、そんなことありません。ダリー君が起こしに来てくれたお陰で寝過ごさずにすみましたし、何より部屋まで貸して頂いて感謝してもしきれません。ありがとうございます」


「はは。大袈裟だな。でもよく眠れたみたいで良かったよ」


「あら、おはよう。アリアナちゃんは何が好き?朝食にアリアナちゃんの好きなものを作ろうと思っているの」


「そんなお気遣いありがとうございます。でも、私そろそろ出ようと思いまして…だから大丈夫です。お気持ちだけ受け取ります。本当に感謝致します」


私はリカルドさんの奥さんに頭を下げた。

『アリアナ』という名は私のここでの偽名だ。

私の追跡がいつ届くのか分からない為、暫くの間は偽名を名乗った方が良いのかもしれないと思ってのことだった。


「そうなの…。残念だけど仕方ないわね。そうだわ!昼食用に沢山サンドイッチ作ったの。持って行って頂戴。今用意するから」


「そんな、そこまで甘えるわけには…」


遠慮する私に奥さんは私の肩に優しく手を置いた。

「何を言っているの。うちの子の世話をしてくれたお礼だと思って受け取って。それに一晩だったけど娘ができたように嬉しかったわ。だからこれは私の気持ち。ね?」


「奥さん……」





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