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第44話 後悔と自責と大切な人

コンコン。

ヨルはアリスの部屋のドアをノックした。

彼は昼間アリスに話していた貝殻拾いに彼女を誘いに来ていたのだ。


アクアリウトは海に近い。

街から海に行く距離は差程変わらなかった。


「……変だな。もしかして寝てるのか?」


昼間視察でバタバタしていたせいで疲れて休んでいるのかもしれない。

彼はそう思った。


「仕方ない。明日誘うか…」


ヨルはその場を後にしようと踵を返そうとした瞬間、部屋から人の気配を感じないことに気づいた。

すぐさま彼はドアを開ける。


「!?」


部屋の中はいる筈の彼女の姿は無く、開いた窓からシーツを結んだロープが垂れ下がっていた。


「アリス!?」


ヨルは慌てて窓の外を見る。

外から脱出した後が見て取れた。

一瞬彼女が何者かに攫われたのかと疑ったが、それは間違いだということに気づいた。

攫われたのなら犯行があまりにも雑すぎる。

これでは見つけてくれと言っているようなものだ。


考えられるとするならばアリスが自ら部屋を抜け出したことぐらいだ。


「あの馬鹿…何やってんだよ…」


ヨルは苛立ちながらくしゃっと髪を掻き上げる。

彼女にではない。

彼女の異変に気づかなかった自分自身にだ。


ヨルはふと近くあったテーブルの上に目を向ける。

そこには上品な白い封筒に入った手紙が置かれていた。

彼は手紙を取って中身を見る。

それはアリスからの手紙だった。


『勝手ながら申し訳ございません。私は王妃になる資格はありません。私は自由に行きたいと思っています。私のことは忘れて別の方をお探し下さい』


「何だよ……これ……」


手紙の内容は主にクライドに宛てた手紙だった。


何故アリスがこんな手紙を残したのか分からない。

ヨルが知る限り、アリスは我慢強く信念があり、何事も諦めない根性がある女性だった。

そんな彼女が何も言わずに逃げ出すわけは無いと思うと同時に彼女のうちにある弱さにヨルは気づいてしまった。


今まで彼女は何を求めていた。

虐げられていた実家に駒のように利用されて、国王と婚約をさせられて命を狙われている。

そこに彼女の意思はあったのか。

そもそもアリスは王妃になりたいと言わなかった。

自由になりたいと言った。

一人で生きていきたいと。


何故彼女が一人で生きていきたいと言ったのか、まだ分からない。

だけどこんなことになるならば……


「俺がアイツを拐ってしまえば良かった…」


後悔だけが募ってしまう。

だけど今すべきことは後悔することではない。

彼女を見つけ出すことだ。

ヨルは部屋を飛び出し、クライドの自室へと急いで向かった。


ヨルはクライドの自室にたどり着くとノックをせずに勢いバン!!と部屋を開けた。


「失礼します!陛下大変です!!」


「何だ!」

慌てて室内に入って来たヨルを見て彼がただ事では無い状況に陥っていることに理解を示した。


「これを」


ヨルはクライドにアリスの手紙を差し出す。

差し出された手紙をクライドは受け取り、中身を見て顔色を変えた。


「アリスは何処にいる?」

「俺が部屋に行った時は彼女の姿はなく、この手紙だけが残されていた。おそらくアリスはこの街から抜け出すつもりだろう。こんな手紙を残すくらいだ。余程追い詰められてたのかもしれない」


「そんなに王妃になりたくないと言うことか…」


クライドは苦虫を噛み殺した表情で小さく呟いた。


「アンタ、アイツに何言ったんだよ。まさかとは思うけど、王女から命を狙われているからアイツとの婚姻を無理やり早めようとした訳じゃないよな?」


「それがどうした?彼女を護る為にはこの方法が効率的だろう」


「本当に何も分かってねぇんだな。アンタ……」


ヨルはクライドの態度に対して頭に血が登り、相手が国王だと言うことも忘れて彼の胸ぐらを掴んだ。

家臣であるヨルが主に歯向かうことは言語道断。

不敬極まりないこと。

しかし今のヨルはそんなことよりも目の前の彼に対して強い怒りを感じていた。


「アイツがどんな気持ちでそれを聞いていた?どんな思いでいた?結局はお前の都合だろう。アイツを王妃にしてしまえば逃げ道を封じ込めるしな」


クライドはヨルの手を乱暴に払い、冷たい視線を彼に向けた。


「ならば、どうやって彼女を護るというんだ?早急に私の妻になれば彼女の安全は保証される。その間に証拠を見つけてクラリスを罰すれば良い」


「アリスにアンタは愛していると言われたことはあるのか?」


冷淡なヨルの言葉にクライドは眉をピクリと動かした。


「アリスは必ず見つけ出す。アンタにも報告をさせてもらう。一応俺の主君だからな。だけどアイツを見つけた後は好きにさせてもらう。俺はアイツの願いを叶えてやりたいから」


ヨルはクライドにそう告げると部屋から出て行った。


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