「疲れた~~」
屋敷に戻り、夕食を終えた私は自室のソファに腰を掛けた。
今日一日の疲れがどっと身体に伸し掛る。
こんなに街の中を歩いたのは久しぶりだ。
いつも王宮では夜私が眠る時、護衛騎士であるヨルが私の部屋の前に立っていた。
いつでも動けるようにと。
だが、ここは王宮ではない。
私が狙われているのは王宮内でのこと。
王宮の外となるとその心配は無い。
いくら私のことが憎いからと言ってクラリス様も下手に私に刺客を送ってくるような真似はしない筈だ。
パーティーの一件で彼女は自分が疑われていることに気づいたはず。
それに伴ってヨルは私の部屋の前で夜の間だけ護衛をすることは無くなった。
もっとも私が願ったせいでもあるのだが……。
(まさかクライド様があのように考えられていたなんて……)
私は昼間彼が言った言葉を思い出す。
彼は視察が終わったら私との婚姻を早めると言った。
原因はこれ以上私の命が脅かされない為とクラリス王女の暴走を止める為にある。
クライド様が私を大切に想う気持ちは理解している。
だけどこのまま彼と婚姻を結んでしまえば私は間違いなく王妃になってしまう。
(王妃になったら離婚して貰うためにクライド様に嫌われようと思っていたけど…今のところクライド様は私を嫌うどころか暇があれば常に一緒にいようとして来るし……)
このままでは王妃になったとしても離婚は難しいかもしれない。
離婚は双方の同意が必要だ。
今の彼が離婚に同意するはずが無い。
最初は彼に嫌われようと考えていたが、いつの間にか不器用な彼に家臣達との接し方でついついアドバイスをしてしまった。
それはあまりにも彼が不器用で家臣達にもクライド様の良いところを少しでも知って欲しいという思いからだった。
後悔はしていない。
私は自分の思いに従って良かったのだと思っている。
だが王妃になるのは別の話だ。
「よしっ!」
私はソファから勢い良く立ち上がり、決断を下す。
「ここから逃げよう」
このままここにいても王妃になるのを待つばかり。
それに私はヨルのことを諦めると思っていながらも諦めきれていない自分がいる。
こんなどっちつかずな私が王妃になる資格なんてない。
何より自分自身が許せない。
(逃げると決まったら、まずはここから脱出するしかなさそうね)
私は静かに窓を開けて外を見る。
私のいる部屋は屋敷の二階。
シーツをロープ代わりにすれば降りられる距離だった。
私はベッドにあるシーツを使ってシーツ同士を結びロープを作り、窓の外からシーツのロープを垂らす。
即座に着替えた地味な服と髪をポニーテルに結い、私はロープを伝い、外に出た。
幸い外には誰もおらず人気もない。
私はその場所から急いで駆け出そうとしたが、何かを感じて思わずその場に立ち止まった。
「おい、異常はあったか?」
「問題はありません」
屋敷の近くに衛兵が立っていた。
(危なかった…。それはそうだね。国王陛下がいるんだもの。衛兵の配置をして当然だわ。それにしても…あのまま行っていたら確実に捕まっていた)
私は周囲を見渡し、屋敷の中庭にある裏庭へと衛兵に気づかれないように屋敷の外を目指す。
見つからないようにそっと歩いて行く。
私は思わずガサッと音を立ててしまう。
(しまった…!)
「誰だ!」
「にゃ~ご」
「何だ。猫か…驚かせやがって」
運良く衛兵の前に猫が現れたおかげで私は一気に出口までそっと近づき、裏庭の塀を昇って飛び降りた。
「いたた…」
地面の着地に少々失敗したけれど上手く屋敷から脱出に成功した。
私は慌ててその場から走り出す。
(ドレスだから走りにくい…)
私が今身に付けているのは地味なドレス。
派手ではない程だがこの格好では貴族に間違えられてしまう。
取り敢えず早めに服を調達しなければ。
あと出来たら靴も欲しい。
ヒールでは些か走りにくい。