クライド様は聖堂の中を歩き、中央の奥にあるステンドグラスへと目をやる。
ステンドグラスは光に反射してキラキラと美しく輝いていた。
「見事なものだな」
「ええ。この聖堂のシンボルのようなものですので」
「これまで街を見回らせてもらったが去年より活気づいた街になっていた。何か変わったことでもしたのか?」
「特には何もしておりません。もしかしたら街の人達の意見を取り入れて街を少しずつ改善したせいかもしれません」
「改善とは?」
「以前、この街は観光客が少なく、街の活気もありませんでした。水の都と呼ばれてもこの街は小舟での移動が主で時には不便に感じることもあります。そのせいで街人達が他の街に移り住んで行ったのです。それを止めるために待人達からの街をより良くする為に意見を取り入れたんです」
セイラムさんは一度言葉を切り、そして続けた。
「初めは領主である私が街を変えていかなければならないと一人で抱えてやっておりましたが街の皆が私のことを助けてくれました。この街のことなら自分達も無関係ではいられないからと言って。それから皆と力を合わせて街を変えて行ったのです」
(そんなことが……。だからこの街はこんなにも素敵な場所になったのね)
庶民が自ら貴族に手を貸すことはあまり無い。
貴族と庶民は身分が違う。
領地が荒れ果て、痩せ細くなれば領民は違う街に移り住めば住むことだ。
しかしこの街の領民達はそうはしなかった。
皆領主であるセイラムさんに手を貸したのだ。
それは彼女と領民達の間で信頼関係が築けているのだろう。
彼女の横顔が心做しか誇り高く見えるのはそのせいかもしれない。
「そうか。上手くいっているようだな。この調子で頼む」
クライド様はふっとした表情でセイラムさんに言った。
彼の表情を見てセイラムさんはまさか彼から感謝の言葉を言われるとは思っておらず、彼女は嬉しそうな表情をした。
「ありがとうございます。これからも領民達の為により良く過ごせる街にする為にも頑張らせて頂きます」
彼は何も言わず彼女を一瞥する。
それだけで私は彼の意志を理解した。
クライド様は多くは語らない。
だけど領主としてセイラムさんを認めている。
そんな気がした。
「アリス。お前はこの聖堂を見てどんな風に思った?」
「えっ…?」
「何でも言い。お前が感じたことを口にしろ」
急に彼から問われて私は疑問を浮かべる。
見る限り特に変わったことはなく、他の聖堂と比べて神聖さを漂わせる場所だ。
それは中央にあるステンドグラスの影響もあるだろう。
整った神聖な場所に何か足らない気がする。
それは……。
「ステンドグラスの近くにパイプオルガンを置いてみては如何でしょうか?」
「それはどうしてでしょうか?このままでも充分に神聖な場所として成り立つ気は致しますが……」
「確かにステンドグラスでも充分かと思いますが、ステンドグラスの近くにパイプオルガンを設置することによって、より神聖さが際立ち、またミサを行われる時にオルガンがあると神に歌を捧げることが出来ると思いますがどうでしょうか?」
この聖堂は神に祈りを捧げる神聖な場所。
ならば祈りだけではなく、歌も捧げることが出来ればミサに訪れる人達も増えるかもしれない。
そう思って私は彼らに意見を進言した。
「なるほど…。確かにそうすれば今より信者の数は増えるかもしれません。歌も捧げることが出来ましたら神は喜ばれるかもしれませんしね」
「ならばすぐに手配させよう。ヨル、他の者に通達と準備を」
「承知致しました」
(私の意見が通るなんて…)
あまりの話の進み具合に惚けてしまっているとセイラムさんが私の手を取り、感謝を述べる。
「婚約者様のお陰でこの聖堂も今より神聖な場所になれると思います。本当にありがとうございます」
「いえ、私は自分の意見を述べただけで特に感謝されるようなことは…」
「それでも貴方様のご意見を伺えただけでも嬉しいです」
(こんなに感謝されるなんて…)
私の言葉なんて国王や上位貴族の言葉に比べたら大したことなんてない。
今はクライド様の婚約者という立場だが、全てそれが通るとは限らないのだ。
街の視察とは国王の仕事の内の一つ。
国王の意見一つで変わってしまう。
だから私の意見が通るとは思ってなかった。
だけど通ってしまった。
「陛下。これで視察は全て終えられたかと思います」
「そうか。では屋敷に戻るとする」
クライド様達はその場から静かに歩き出す。
私も彼の後ろに付き従い、屋敷に向かった。