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第40話 聖堂の視察

30分ほど行った先に街の近くにある辺に私達はたどり着いた。

小舟から降りる際にクライド様は何も言わず私に手を差し伸べた。

私も言葉を発することはなく差し出された彼の手を取り、小舟を降りる。


「有難うございます」

「ああ…」


素っ気なくお礼を言う私に彼も素っ気ない素振りで返す。

ピリッとした空気が流れていた。


(こんなんじゃ駄目だわ。気持ちを切り替えないと……。私は今仕事に来ているのだから)


婚儀が早まったことについてはまだ言いたいことはある。

彼が私の身を護る為に私と婚姻を結ぶことも理解はしている。

だけどあまりにも性急だ。

他にもやり方はあった筈なのに…。


「陛下。お待たせ致しました。あの…どうかされましたか?」

「何も無い。行くぞ」


私達の元にやって来たヨル達にクライド様は素っ気なく返す。

ヨルは困ったようにため息ついたあと私の方をチラリと見た。

彼から訝しむような視線を向けられて私は苦笑をするしかなかった。

理由を聞かれてもどう答えていいのか分からない。


「婚約者様。私達もそろそろ…」

「あっ、はい!」


セイラムさんに促されて私は慌ててその場から歩き出した。

隣を歩くセイラムさんは私にコソッと笑って私に話し掛けて来た。


「婚約者様。陛下と束の間のデートは如何でした?」

「そんなデートだなんて……」


「あら?陛下が女性をエスコートするところなんて私、初めて見ました。夜会、国の祭りごとなどでお姿を拝見する機会はありましたが、陛下は女性はエスコートされないのです。あの妹君でさえ」


「えっ…?そうなのですか…?」

「ええ。ですから婚約者様が初めてです。余程愛されておられるのですね」


まさか彼が今まで他の女性をエスコートしたことがなかったことを知らなかった。

まがりなきにも国王陛下なのだから他の女性をエスコートする必要が出て来る筈なのだが、セイラムさんの口ぶりからするに断っていたのかもしれない。


一国の王として大丈夫なのだろうかと不安に思う部分と、ほんの少しだけ彼の初めての相手が私だったという事実に嬉しさを感じた。


(駄目よ!私はもう誰とも恋愛はしないって決めたんだから。動揺してはいけないわ…!)


私はハッとして彼に対しての気持ちを必死で振り払う。

絶対に好きになってはいけないのに。

どうしてこんな気持ちになってしまうのだろう……。


「それにしても騎士様本当に素敵な方ですよね。先程ご一緒させて頂きました時、さりげなくエスコートして頂きましたし、身体付きも逞しい方で…。お相手の方はいらっしゃるのかしら?婚約者様は知っていますか?」


「どうなんでしょうか……」


私は言葉を濁した。


(ヨルは何処に行ってもモテるんだわ。それはそうよね。いつも私をからかってばかりだけど、ヨルは何でもそつなくこなすし、誰にだって気遣いが出来る。モテない筈がない)


私は欲張りだわ。

自分から手放すって決めておきながら、こんな気持ちになるなんて…。


「婚約者様…?もしかして何処か体調を崩されたのですか?」

「申し訳ありません…。大丈夫です」


「そうですか。でもあまり無理はされないで下さいね」

「はい。有難うございます」


私はセイラムさんに笑って誤魔化した。

少しだけ罪悪感を感じてしまう。


私達は街の中を進み、暫く歩いた先に一際大きな聖堂にたどり着いた。

王都にも聖堂は存在しているがこの街の聖堂はそれと比ではなく、外観から美しく神聖な場所のように感じられた。


「大きい…」

「これは見事だな……」


私とヨルは二人して驚きの声を発した。

私だけではなく、どうやらヨルも初めて目にする場所のようだった。


「ふふっ。有難うございます。こちらはアクアリウトの中でも有名な聖堂なのです。こちらを見る為に訪れる観光客の方もいらっしゃるぐらいなのですよ」


確かにそうかもしれない。

ここまで立派な聖堂なら誰だって神に祈りを捧げに来たい筈だ。


「では、こちらへ」


セイラムさんが聖堂の扉のドアノブに手を触れた。

キィ…という音と共にドアが開く。

私達は室内に足を踏み入れる。


室内は広く、中央には美しいステンドグラスとパイプオルガンが設置されており、周囲には着座椅子が幾つも置かれていた。


「綺麗……」


私は思わず感嘆な声を漏らしてしまう。

このような神聖な場所で神様に祈りを捧げたら、もしかしたら神様に祈りが届くかもしれない。

そう感じてしまう程だった。


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