私は彼に連れられて屋敷の中に足を踏み入れる。
屋敷の中から数十人の侍女、使用人が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。陛下」
「ああ。彼女は疲れているだろうから、茶を出せ」
「承知致しました。では婚約者様。こちらへ」
私は侍女に案内されて別室へと通された。
部屋は豪華な調度品や美しい花が所々飾られていた。
「滞在されている間はここが婚約者様のお部屋になります」
「ここが……」
「も、もしかして気に入りませんでしたか?」
オドオドしたようすで侍女が私に訊ねる。
私はそんな彼女に慌てて言った。
「いえ、とても素敵でビックリしただけです。本当にありがとうございます」
「気に入って貰えて良かったです。実はこの部屋私が婚約者様の為に手入れや部屋の配置をさせて頂いきましたので本当に安心致しました」
自分の為に配置された部屋を用意されて私は心から嬉しさを感じた。
私が過ごしている城内の自室はカミラが配置、掃除などを他の侍女にしてもらってはいるが、この部屋は温かみがある。
「婚約者様。こちらに」
私は侍女に促されてソファに座った。
彼女は用意されたティーカップの中に乾燥した輪切りのオレンジの中に紅茶を注いだ。
柑橘の良い匂いが漂う。
「どうぞ」
「ありがとう」
目の前に置かれた珍しい紅茶を見て、一口飲んだ。
オレンジの甘さと紅茶の風味が合わさり上品な味だった。
「美味しい!」
「お口に合って良かったです」
「これは何と言う紅茶なの?初めて見るけれど……」
「こちらはオランジティーと言いまして、このアクアリウトで貴族達に人気があるお茶になるのです」
「そうなんだ…」
私は紅茶の中に浮かぶオレンジを見た。
確かにここまで甘くて美味しい紅茶なら貴族の女性達に人気なのかもしれない。
「それでは、私はこれで失礼致します」
侍女は部屋から出て行った。
お茶を飲み干した私は席を立ち、窓の近くに近づいて外を眺めた。
外からは美しい街並みが広がる。
王都とは違い、街の中にはいくつもの水路が見えた。
「クライド様の手伝い…上手くできるかしら…」
私は一人ぽつりと呟いたのだった。
****
「国王陛下。アクリウトにようこそおいで下さってありがとうございます。アクアリウトの領主であります。セイラムと申します」
「クライド·パシヴァールだ。そしてこちらが私の婚約者であるアリス·フィールド。彼女は今回私の補佐だ」
「初めまして。アリス·フィールドと申します。どうぞ宜しくお願いします」
私はセイラムさんに丁寧にカテーシーをして挨拶をした。
「婚約者様。どうぞ宜しくお願いしますね」
微笑んでセイラムさんは言った。
見れば見るほど美しい方。
美しいブロンドの髪に青い瞳。
妖艶さを漂わせた美しい淑女だった。
きっと男性ならば彼女の色香の虜になってしたうだろう。
あの後。
屋敷で休憩を終えて、クライド様に連れられて私とヨルの三人は視察に向かった。
そこでアクアリウトの今の領主であるセイラムさんに挨拶をしていた。
話を聞くところによるとセイラムさんは一年前に家族が事故にあってしまい、彼女が父親から領地を受け継いだ。
それから今まで領主として過ごしていた。
「さぁ、こちらへ。案内致します」
私たちはセイラムさんの後について行く。
街の中は川が多くあり、行き通う人々は穏やかで笑顔で溢れていた。
(やっぱり王都とは違う………)
王都も過度な税の徴収はなく、誰もがある程度の暮らしを送ることは可能だ。
だけど街自体は広い為、ある地域では治安の悪さが目立つところも存在する。
領地によって違うのかもしれないが、国王陛下であるクライド様が納める王都では庶民達からの苦情は今のところ存在しないと聞いたことがあった。
私は街並みを見ながら全てが終わったあと、アクアリウトで暮らすのも良いかなと思った。
セイラムさんは街の広間に着くと、噴水の前で立ち止まった。
「着きました。ここがこの街にある『桜花の噴水』です。この街で人気の場所になります」
噴水の中には桜色の小さな花が浮かんでおり、流れる水は桜色の色をしていた。
「凄い…。水までもが桜色なのですね」
初めて目にする花が浮かぶ噴水に対して私は感嘆な声を上げる。
それに対してセイラムさんは答えた。
「ええ。この『桜花の噴水』は特別なものなのです。怪我や病気をした時にこの水を口にすると僅かですが傷や痛みが和らぐという効果を持っているのです」
「じゃあ、この街かり流れている水には全て同じ効果があるのですか?」
私の言葉にセイラムさんは短く首を振った。
「いいえ。この噴水だけです。この街に流れる水はただの水になりますわ」
「報告には聞いていたが、この水がそうか…」
クライド様はセイラムさんに視線を向けて真剣な表情で言った。
「訊ねるが治癒効果がある噴水ならば悪用しない者はいないと思うが……。その辺の管理はどうなっている?」
「ご心配には及びません。この水は強い治癒効果は持たず、あくまでも痛みを和らげる程度にしか過ぎません。それに衛兵が見回りをしていたすし、もし勝手にこの街から水を盗もうとしたら厳重な処罰と課税が課せられます。罪を犯してまで『桜花の噴水』の水を持ち出したいと思う者はいないかと」
「そうか。ならば良い」
クライド様は一度言葉を切り、続けた。
「だが、他国に持ち込まれては敵わんからな。管理は充分に気をつけろ」
「かしこまりました」
(どうして他国に持ち込んではいけないのかしら…?治癒だけだったら、他国に利用される危険性は無いはずなのに……)
私は彼の言葉に疑問を浮かべる。
治癒効果がある水の価値ならばせいぜい薬か薬草と同じ価値しかないだろう。
何故彼が『桜花の噴水』の水の管理を気をつけているのか私には分からなかった。
もしかして私が知らない価値がこの水の中にあるのかもしれない……。
「では、次はこの街にあります聖堂にご案内致しますね」
セイラムさんの案内で私達は街の中にあるとされている聖堂に向かう。
街の中を歩きながらセイラムさんは申し訳なさそうな顔で言った。
「申し訳ありません。陛下達を歩かせてしまいまして…。この街は水路が多く、馬車の変わりに小舟での移動が主になっています。ですから皆さんにご不便をお掛けしてしまいまして…」
「別に良い。気にするな」
「ありがとうございます。陛下」
素っ気ないクライド様の言葉にセイラムさんは微笑んだ。
二人のやり取りを見て私は微笑ましく思った。
少し前の彼だったら考えられない光景だ。
初めて彼とデートした時は私に以外の人に冷たくしていた。
だけど今の彼は素っ気ないけれど少しずつ変わろうとしている。
そんな彼を見て私は何処か嬉しくなった。
「アリス…。お前アレは付けてないのか?」
私の隣を歩くヨルは遠慮がちに私に言った。
私は彼の意図が分からず不思議そうな顔をする。
「アレって?」
「覚えていないのなら別に良い」
ヨルは拗ねたようにふいっと視線を逸らした。
もしかしてアレとはヨルがプレゼントしてくれたブレスレットのことかもしれない。
彼からもらったブレスレットは私も気に入っているものだ。
だけど同じ日にクライド様からもプレゼントを貰ってしまった。
二人から貰ったプレゼントを気軽に付ける訳にはいかず宝石箱の中に大切に入れている。
「あの、ヨル。あのブレスレットは大切にしているの。無くしたら困るから今は大切にしまっているだけで、決して付けたくないからなんじゃないのよ」
私は困った顔をしながらヨルに言う。
嘘は言ってない。
大切にしていることは本当だから。
ヨルは私の頭を優しく撫でた。
見上げるとヨルは苦笑しながら私に言う。
「悪い、悪い。からかい過ぎた。だからそんな顔するなよ。あれはお前にやったんだ。好きにしろ」
「ヨル…」
「さっきから何をしている?」
「何も。彼女と会話をしていただけです」