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第11話 誰にも渡したくない

数日後。

教育係からダンスのレッスンの練習を終えた私は一人廊下を歩いていた。


「今日も怒られてしまったわ…。この調子で夜会まで間に合うのかしら…?」


思わずため息が出てしまう。

クライド様が私の為に呼んで下さった教育係は妃教育係であり、教養が不充分な私は勉強とダンスの扱きを受けていた。

だけど教育係の講師は年配の女性でありながら上品で気品があり、丁寧に教えてくれる。

授業は厳しいが親身になってやってくれている。

彼女の期待に答える為にも夜会までに上達しなければ…。


「ヨル……?」


ふと前を見るとヨルが誰かと話しているのが見えた。

彼と一緒にいるのは騎士団長だった。


「この書類を陛下に頼む」

「承知致しました」


騎士団長は小さく鼻を鳴らし、ヨルを見下す視線で彼に言った。


「それにしても良い身分だな。大した実力も無いくせに陛下の目に止まったというだけでスラム街の卑しい奴が従者になれるのだから」


(なんてことを…!)


私はヨルが何故国王の従者をしているのか理由を知らない。

だけど彼がこの地位に着いたことは簡単ではないことだけは予想できる。

貴族の中には庶民を見下すものは多い。

私の家も貴族で自分より下の者達を見下していた。

例えヨルがクライド様から従者に命じられたとしても、それからの努力はヨルがしたことだ。

彼の思いを軽んじてはいけない。


私は一言騎士団長に文句を言おうと彼に近づこうとした。

しかし、その前にヨルが口を開いた。


「すみませんね。俺なんかが国王の従者をしちゃって…。そりゃあ、面白くないでしょう。アンタからしたら、庶民以下の人間がこんな地位に着いて、あまつさえ国王陛下の懐刀なんて噂されているんですから」


「貴様…!何が言いたい!?」


ヨルの言葉に団長は図星を刺されたのか顔を赤くしてカッと怒りを顕にした。


「聞きましたよ。アンタ自分から陛下の従者に志願したいと願ったそうですね。大方どうせ地位が欲しかったんだろう。地位に固執して新人に酷い扱きをしているって噂だからな。だけどな…」


ヨルは団長に近づき、目を見つめて静かに告げた。


「実力ではアンタは俺より下だ。だから選ばれなかった。それは陛下だってお見通しなんだよ」

「…………ッ」


「何ならもう一度俺と勝負するか?」


団長は悔しそうな顔でヨルを睨み、その場から無言で立ち去った。

ヨルは呆れたようにため息をつく。


「はぁ…。面倒くせぇ……」

「ヨル…」

「アリス…」


「あの…大丈夫?」

「ああ。お前見てたんだな。大丈夫だよ。あんなのいつものことだ」


ヨルは面倒くさそうに平然とした口調で答える。


「この城の連中には俺はあまり良く思われてないからな。まっ、貴族なんてそんなもんだろう。自分の地位ばかり気にする奴らが多いし」

「そんな……」


「お前も気をつけろよ」

「えっ…?」


ヨルは私の顔を見て真剣に言った。

「今は陛下がお前を婚約者だと言っているから他の連中が黙っているだけだ。陛下は冷酷暴君で有名だからな。お前に危害を加える者はいないだろうが、心にもないことを言って来る連中はいるはずだ…」

「…………」


ヨルの言葉は正しい。

それは私も以前から感じていたことだった。

専属侍女であるカミラは私に友好的だが、それ以外の侍女達は私によそよそしく、仕事以外ではあまり関わろうとしない。

宰相とは挨拶を交わしたことはあるが、それはクライド様の前でのこと。

それ以外で彼と城の中で会ったとしても挨拶を交わす程度だけ。

他の貴族達も同じだ。

私はまだ彼らに信用されていない。


「心配してくれて有難う。ヨルがいてくれて良かった。私一人だったか心細かったから」


私は素直な気持ちを口にした。

彼は私のことを心から気遣い、心配してくれている。

そのことが今の私にとって心強く、安心出来る存在だった。


「もう面倒だから、全部捨てて…」


ヨルは私に一歩近づき、私の髪を掬いキスを落とした。


「俺と一緒に逃げる?」


彼の言葉に私の胸が鼓動を打った。


「そんなこと出来ない……」


私は気恥しさを感じでヨルから視線を逸らした。

そんな私にヨルは軽く答える。


「そっか。残念だな」


ヨルは私の頭を優しく撫でる。

彼の手は大きく、ゴツゴツしているが彼に触れられると自然と緊張してしまうけれど、同時に心地よくもあった。


「でも、辛くなったら一人で抱え込まずに俺に言えよ。俺はいつでもお前の味方だからさ」


彼はいつも私を気遣ってくれる。

それは今も昔も変わらない。

ちょっぴり短気で素っ気ないところがあるけど

優しくて、辛いことがある度に勇気づけてくれる。

そんな彼だから私は惹かれた。

それなのに今こんなことを言うなんてズルい…。

諦められなくなる。

想いが募ってしまう。ダメなのに……。


「有難う……」


「お前はこれから何処かに行くのか?」

「部屋に戻るだけだけど」


「そっか。送ってやりたかったけど、俺もあのオッサンに書類届けなきゃなんねーし。ちゃんと戻れよ」

「そんなに心配しなくても城の中だから安全だと思うけど…」


「それでも、ここは変な奴が多いんだよ。それじゃあ、俺はもう行くから」


そう言ってヨルはその場から歩き出した。


(ヨルも大変なのね……)


クライド様の傍で仕事している姿しか見たことが無かったけれど、雑用や事務仕事みたいなことをしている姿を目にすると、ヨルの苦労が伝わって来る。

ヨルの後ろ姿を眺めていると、ふと彼は立ち止まり、振り向いて私に言った。


「アリス。今度予定開けておけ」

「どうして…?」

「デート。次は俺がお前を楽しませてやるから」


ヨルは不敵な笑みを見せた後、そのまま何事もなかったかのように再び歩き出した。


彼に告げられた私は自分で分かるほど顔を赤く染めた。

まさかヨルからデートに誘われるなんて想像していなかった。

私は戸惑いを隠せなかった。



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