城に到着したあと。
気づいたら時間は過ぎており既に夜だった。
私は夕飯を取らずに一人部屋に戻る。
とても食べれる状態ではなかった。
最初は彼のことを噂どおりではなく不器用な人だと感じていた。
だけど今は彼に抱いていた感情は違うものとなってきていた。
きっとこのままクライド様の妻となれば安泰だろう……。
彼は私のことを大切にしてくれる。
やり方はアレだが、今日一日過ごして実感した。
だけど人の気持ちを無視して無理やりキスをするのはやり過ぎだ。
悲しさ通り越して怒りが湧いてくる。
彼との結婚はま逃れない。
クライド様は結婚の準備を進めているかもしれない。
だったら徹底的に嫌われる態度を取って離婚してやる!
意気込みながら歩いていると肩を叩かれたので振り向く。
そこにはヨルがいた。
「陛下とのデートは楽しかったか?」
「別に…」
思わずヨルに素っ気なく答えてしまった。
(どうして、こんな時にあんなことを思い出すのよ…)
突然、クライド様とのキスを思い出して私はヨルに申し訳ない気持ちに陥り、彼の顔をまともに見れなかった。
「アリス…。何かあったのか?」
いきなりヨルから問われて私は顔を上げた。
するとヨルは真剣な顔で私を見つめていた。もしかしたら彼は何か勘づいたかもしれない。
私はヨルに慌てて誤魔化すように答える。
「何もないよ。今日は疲れたし、もう休みたいから……」
私はヨルから逃げるようにその場から駆け出す。
廊下を駆けて、慌てて自分の部屋に入り込みドアを閉めてその場に座り込んでしまった。
あんなに恋しくて焦がれた人に嘘をついてしまった。
もう、諦めるって決めたはずなのに。
胸が締め付けられる程に痛い…。
以前はヨルのことを想うだけで理不尽なことがあったとしても耐えることが出来た。
彼との約束だけが私を生かしてくれた。
だけど今は…─────。
「恋ってこんなにも辛いって、初めて知ったわ……」
暗闇の部屋の中で私は俯き、小さく呟いた。
****
アリスがその場から駆け出した後。
ヨルは彼女の後をすぐに追い掛けようとした。
彼女が今にも泣きそうなそんな顔をしていたからだ。
しかしヨルは駆け出したい衝動をぐっと堪え、
静かに自分の方に近づく気配を感じながら振り向いた。
そこにはクライドの姿があった。
「陛下……」
「…………」
クライドはヨルを一瞥し、そのまま彼の隣を通り過ぎようとした。
ヨルは直感した。
アリスにあんな顔をさせたのはクライドなのだと。
そう思った瞬間、ヨルはクライドへの怒りで体の底から脇立つような怒りを覚え、クライドの腕を掴んだ。
「お待ちください」
クライド足を止め、はヨルに射抜くような冷酷な双眸を向けるがヨルは怯まず低い声音で告げる。
「彼女に何をされたのですか?」
クライドはつまらなさそうに目を逸らした後、ヨルの腕を乱暴に振りほどいた。
「口付けをし、私のものだと忠告をした。それだけだ」
ぐいっ!
ヨルはクライドの胸ぐらを掴んだ。
今まで誰かに対してここまで怒りを向けたのは初めてだ。
スラム街に住んでいた時、クライドの従者をこなしている間もヨルは命令されれば、相手が望むままに動いてきた。
それは生きる為だったからだ。
だけど彼女だけは、アリスは違う。
幼い頃から恋し焦がれた相手だ。
ヨルは怒りのあまりに感情を露わにしてクライドに強く言い放った。
「俺はアンタに拾われたことは今でも感謝している。だがアイツを傷つけるのは絶対に許さない。例えそれが主君だとしてもだ」
「離せ」
クライドはヨルの手を乱暴に振りほどいだ。
そして彼はクライドを鋭い目で睨む。
「随分とお前は私が思っている以上にあの娘に入れ込んでいるようだな。従者のお前が私の妻となる者に想いを抱くことすら許されないはずだ。国王陛下の妻を奪うことは私に反抗心があるということ。この場で処刑しても文句は無いはずだ」
「やってみろよ。俺は全てを捨ててアイツを選ぶ覚悟は出来てるんだ。俺を殺すのなら殺せば良い。但しその時は俺がお前を斬るけどな」
二人の間で静かな睨み合いが続く。
クライドはふっと笑った。
「やはりお前は面白いな。それでこそ私が選んだ奴だ」
「は?」
クライドの意図が分からずヨルはまの抜けた声を発する。
「安心しろ。先程言った言葉は冗談だ。私はお前を殺す気はないし、従者から外すつもりもない」
「以前のアンタなら容赦なく自分に逆らう者は斬り捨てたはずだ。それがどうして…」
「私はお前を気に入っている。私の思い通りにならないところがな」
クライドは一度言葉を切り、続けた。
「それに私があの娘を無理やり妻とすることは簡単だが、それでは面白くない。私はあの娘を心から欲しているからこそ、お前から彼女を奪う。それこそに意味があるんだ」
「……………」
「そうか。アンタの言いたいことは分かった。なら、俺も有難くアンタの従者を続けさせてもらう。だが今度アイツを泣かせたら、アンタを殴る。覚えておけ」
ヨルはクライドに告げるとその場から去って行った。
その場に一人クライドが取り残される。
彼は去って行くヨルの後ろ姿を見つめながら自分の拳を強く握りしめる。
(あれは私のものだ。相手が誰であろうと譲る気はない…)
クライドは異様なまでにアリスに対して強い執着を募らせていた。