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第8話 好きな人

「無駄な時間?なら、どうして私を助けてくれたのですか?それこそ無駄な時間でしょう。私は勝手なことをしたのだから」


「俺はお前だから助けた。そこにそれ以上の理由はない」

「私だからって……」


クライド様は簡単に人を切り捨てることをする人だ。

それは先程、馬車の中で話していた時に嫌という程感じた。

効率を重視し、無駄なことを嫌う。

国を背負う国王としては当然の判断かもしれない。

だけど彼は私以外の人には興味は無い。


極端に言ってしまえば他人の心を理解しようと思っていないところがある。


「どうしたらお前は喜ぶ?」

「えっ…?」


突然、彼に問われて私は思わず間の抜けた声を発した。


「私はお前が喜ぶ為に服もアクセサリーも女が喜びそうなことは全て与えた。お前が私に興味を持つように。何が足らない?何が欲しい?言ってみろ」

「私の為…?」

「そうだ。不満があるなら言え」


そうか…。

この人は不器用な人なんだ…。

自分を好きになって欲しくて、相手に物を買い与える代わりに愛をもらう。

さっきだって他人を切り捨てるのではなく、相手を知ろうとしなかった。

だから興味がなかったのだ。


「欲しいものなんてありません」


私はクライド様に近づき、彼を見つめて言った。


「私はあなたが私の為に選んでくれた物なら、どんな物でも嬉しいです。それが道端に咲く花だとしても。そこには気持ちがこもっているからです。例え豪華な物をもらったとしても気持までは動かせないと思います」


「心が何だと言うのだ…。私は…」

「心が分からなければ、私と一緒に知っていきましょう」


私はクライド様に小さく微笑んで言った。

「心が分からなければ知れば良いのです」


「……………」

「あなたは他人に興味が無いと言われていましたが私には興味を持ってくれたでしょう。だから大丈夫です」


クライド様は一瞬だけ呆けた顔をしたあと、ふっと小さく笑った。

「やはりお前は変わった女だな」


私は彼の言っている意味が分からず不思議な表情をする。

そんなこと一度も言われたことなんてなかったのに…。


「アリス…」


突然、名前を呼ばれたと思った瞬間。

彼は私の唇を重ねていた。


「んっ…」


深く、深く唇を重ねてくるクライド様に私は抵抗するように彼の身体を突き飛ばすように離した。



「どうして…いきなりこんな…」


私は混乱していた。

理解が追いつけなかった。

何故、彼がいきなりこんなことをしてしまったのか私には分からない。


「陛下、お待たせ致しました」


気づくと馬車は既に目の前に止まっており、従者がクライド様に言った。

クライド様は私にスッと手を差し伸べてきた。


「アリス……」

「結構です…!」


クライド様に対しての怒りが収まらない私は差し出された彼の手を拒否して先に一人馬車に乗った。

先程脱いだヒールは既に履いている。

少し汚れてしまったが気にもしなかった。

遅れて私の隣にクライド様が座った後、馬車は緩やかに動き始めた。


二人の間に暫しの沈黙が流れる。

やがて私は静かに口を開いた。


「どうして、あんなことをしたのですか?」

「お前に口付けをしたことか?」


「いきなり、そんなことをされると困ります。私は貴方の妻になることをまだ了承した訳ではありません。私は……」


「お前に想い人がいるからか…?」


「えっ…?」


クライド様の言葉に私は思わず驚きの声を漏らした。

私は彼にそのようなことを一度でも話したことはない。

なぜ彼がそのことを…

私の心は疑問で埋め尽くされてしまう。


「お前を見ていれば分かる。お前は顔に出やすいからな。相手はさしずめ私の従者であるヨルというところか…」

「違います。私は…」


突然、彼は私の顎を指で持ち上げ、青双眸が私を見つめた。


「お前を私のものにするのは簡単だ。王命を出せばそれだけでお前は私から逃れられないのだからな。だが、そうすればお前の心は手に入らない。私はお前の心まで欲しくなった」


「でも…私はあなたに相応しくありません。最初、私はあなたのことを騙そうとしていたのですよ。それに私なんかより、もっと相応しい方がいらっしゃるはずです…」


いきなり私は彼に唇を塞がれた。

一度ならず二度までも。

唇が離れたあと、私は込み上げる怒りと悲しさで目から涙が零れるのを堪えて彼の頬を殴ろうとした。

だが、彼は私の手首を掴んで止めた。


「…………ッ」

「アリス。お前は私の心を動かした。お前だけが灰色だった私の世界に光を灯したんだ。だから私は相手が誰であったとしてもお前を手放すつもりはない」


それは決して逃さないという目。

どうして彼がこんなにも彼が私に執着するのか分からない。


「……私の心は簡単に入らないかもしれませんよ」

「必ず手に入れて見せる。どんなことをしてでも」


それ以上は何も言えなかった。

私はクライド様、ヨル誰の手を取らずに城から去って行き、平民として静かに暮らして行こうと考えていた。

だけどそれは甘い考えだった。

逃げても彼は私を追って来る。

ならば彼から殺されない程度に嫌われて離婚するしかない。

そうでもしないと私はクライド様から逃れられないだろう……。


それから私は何も言えなかった。

馬車の中で私達は言葉を発することはなく城に到着するまでの間無言だった。


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