その時…───。
突然、女性の声が聞こえた。
振り向くと一人の若い女性が金髪の男と黒髪の男の二人に囲まれていた。
「何って、俺達と楽しくお茶するだけだよ。大丈夫だって。何もしないからさ」
「そんなに脅えなくていいよ。こう見えても俺ら優しいから」
どう見ても怪しい男達に女性が絡まれているようにしか見えない。
それに二人がかりで女性を連れて行こうとしているところを見ると何やら良からぬことを企んでいるのは明白だ。
「くだらん。行くぞ」
クライド様はつまらなさそうに切り捨てた。
気づくと既に馬車は到着しているようで従者が私達の方に向かって歩いて来ていた。
「どうして…助けないのですか…?」
気づいたら私は言葉を彼に発していた。
そんな私に彼は淡々と告げる。
「助けてどうなる?私に利益があるのか?」
「そんな…!だって貴方は国王でしょう?民を護るのが仕事ではないのですか!?」
クライド様は呆れたようにため息をついた。
「国王といえど、全ての民を護れる訳ではない。時には利益の為に切り捨てなければならないことがある。それに私は無駄な労力を割くことは好きではない」
「分かりました…。では私のやりたいようにしたす!」
私はその場から女性達の方へと駆け出した。
気づいたら身体が勝手に動いていた。
クライド様は国を束ねる国王だ。
時には切り捨てなければいけないことがあるかもしれない。
だけど、少なくとも今はその時ではない。
それに困っている人を頬っておけない。
私は身につけていたヒールの靴を脱ぎ、片方を金髪の男に投げつけ、地面砂を掴み、女性の手を掴んでいた黒髪の男の目に砂を浴びせた。
「ぐっ…!」
黒髪の男が女性の手を離し、思わず怯んだ。
その隙を狙って私は急いで女性の手を掴んで、走り出した。
「あなたは…?」
「良いから。早く逃げるわよ!」
戸惑う女性を他所に私は走る。
早くしないと彼らに追い付かれてしまう。
私は誰も見捨てることは出来ない。
傲慢かもしれない。
でも今は彼女を助けなきゃ!
息を切らしながら私は走る。
突然、私の髪が後ろから乱暴に掴まれた。
「………ッ」
「おい女!随分と舐めた真似をしてくれるな。俺達の邪魔をするなんてよ。覚悟は良いんだろうな?」
気づくと私は金髪の男に捕まり、身動きを封じられてしまっていた。
女性は怯えた顔で私を見て、小さく身体を奮わせている。
「早く逃げて!」
私は女性に向かって叫んだ。
金髪の男は私の顎を持ち上げ、舐めまわすように嫌らしい視線を私に向ける。
「良く見るといい女だな。あの女の代わりにお前が俺達の相手をしてくれるなら、あの女は見逃してやっても良いぜ」
「目を閉じていろ」
「えっ…」
何から引き寄せられる感覚と鈍い音が耳に届いた。
気づいたら金髪の男が地面に倒れて私はクライド様に身体を引き寄せられていた。
クライド様は私の身体を離すと金髪の男の前に勢い良く剣を突き刺す。
「ひっ…!」
怯えた表情をする金髪の男にクライド様は氷のような視線を向ける。
「私の妻に手を出すとは良い度胸だな。余程命が惜しくないと見える」
今にも人を殺しそうな目を見て私は慌てて彼を止めた。
「私は大丈夫ですから。この方を殺すのはお止め下さい」
「何故だ?お前はこの男のせいで危険に晒されていたんだぞ」
「そうですが…。命まで奪うことはないかと…」
真剣な目で見つめる私をクライド様は見つめ返す。
やがてクライド様は私から視線を逸らしてため息をついた。
「…わかった」
刺さった剣をクライド様は抜く。
金髪の男と黒髪の男の二人は慌ててその場から「ひぃぃぃ」と悲鳴を上げながら逃げ出した。
「あの…先程は助けて頂きまして有難う御座いました」
「いえ、私は何も…」
「そんなことありません。あなたが私をあの人達が連れ出してくれなければ、今頃どうなっていたのか…。あなたのお陰で助かりました。感謝致します。本当に有難うございます」
実際彼女を助けたのはクライド様で私は失敗しただけ。
それでも感謝されてしまうと私のしたことは無駄ではなかったのだと思ってしまう。
「行くぞ」
「あの……ありがと…」
突然、私の手を引いて歩き出すクライド様にお礼を述べようとする彼女に対してクライド様は面倒だとばかりに切り捨てた。
「お前の為にしたことではない」
「クライド様!何てことを!」
クライド様の言葉に私は彼に向かって強い口調で言う。
「そうですよね。でも有難うございました…」
女性は少しだけ悲しそうな表情をした後、私達の前から去って行った。
彼女はただ感謝の気持ちを述べただけなのに。
どうして彼はそれが分からないのだろう…。
私の中で小さなモヤとした気持ちが募る。
「無駄な時間を過ごしてしまったな…」
ため息混じりに呟くクライド様の言葉に私は何かが切れてしまう音がした。