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第3話 婚約者

慌てて頭を下げて謝る私にクライド様は私を優しく抱きしめた。

これは一体どういうこと?

状況が分からず私は戸惑う。

そもそも、どうして陛下は私を妻に望んだのだろうか…?

分からないことだらけだ。


「あの…陛下…?」

私は彼の名を呼ぶ。

彼は私をただただ愛し気に見つめてた。

そして彼は静かに告げた。

「私が妻に望んだのはお前だ。アリス·フィールド。私はお前以外妻に選ぶことはない」



どうして彼は私のことを……?

クライド様が何を考えているのか分からない。

私は彼に疑問を口にする。


「あの…どうして私なのでしょうか?陛下でしたら私より素晴らしい令嬢がいらっしゃったのではありませんか?」


「お前だけだ」


「え?」


クライド様は私を見つめて真剣な顔で告げた。

「私を恐れなかったのはお前だけだった。だからお前を選んだんだ」


私が彼を恐れなかった?

そんな筈は無い。

私とクライド様は今日が初対面の筈だ。

現に今だって私は彼のことを少しだけ恐怖に感じている。


今は私に友好的だとしても機嫌を損ねて殺される可能性はゼロではない。


そんな私にクライド様は一つのハンカチを私に差し出した。

それは青い薔薇の刺繍が入ったハンカチ。

私が以前無くなったお爺様から頂いた形見の品と全く同じだった。


「これは…」

「あの時の物は血で汚れて使い物にならなくなってしまったから、新しいものを用意させた。受け取ってくれ」


(血…?まさか…)


私はクライド様を見上げて彼に訊ねる。


「陛下はもしかして、あの時の方ですか?」


私の問いかけに肯定するかのようにクライド様はふっと笑った。


数日前。

私は実家の侍女の仕事で街まで夕食の材料を調達していた。

その際にスラム街の幼い子供の兄妹がゴロツキ達から絡まれ、殴られている姿を目撃してしまった。

私は頬っておけず、子供たちを庇って逃がしたが逆にゴロツキ達から襲われそうになった。

相手は2、3人。

当然女性の力では男性に適わず、私は服を脱がされ乱暴されそうになったところに一人のフードを被った青年が私を救ってくれた。


彼はゴロツキ達を射抜くような目で一言「失せろ」と告げただけだった。

だけど彼から漂うただならぬ殺気を感じたゴロツキ達はその場から慌てて立ち去った。

その時、青年は腕に傷を負っていた。

深い傷では無かったが、そのままにして置くと悪化するかもしれないと思い、私は持っていた塗り薬と祖父の形見であるハンカチを彼の手当に使用した。


その時、青年は「恐ろしくはないのか」と私に訊ねた。

私は青年を怖いとは感じなかった。

私を救ってくれた彼に対して何故恐怖を感じなければならないのだろうかと不思議に感じた。


その後。彼は一言礼を告げてその場から去ってしまった。

あの時の青年が国王陛下だったなんて夢にも思わなかった。


「そうだ。改めて申すが、あの時は助かった」

「い、いえ、お役に立てたのなら良かったです」


私はハンカチを受け取った。


(クライド様は冷酷だと噂されているけれど、本当は優しい方なのかもしれない)


クライド様はそっと私に手を差し伸べた。


「庭園の中を案内する」


私は今までヨルのことを想っていた。

だけど彼は国王陛下の従者であり、もう彼と私が結ばれることは無い。

私は国王陛下の妻となってしまった。

ならば彼の妻として役割を果たさなければならない。


だけどそれでいいの?

本当に後悔しない?

もう何もしないまま後悔するのは御免だ。


私は差し出された手を取らず、クライド様を見つめて言葉を発しようとした。


「私は…───」


しかし私の言葉はある者の言葉によって掻き消されてしまった。


「クライド様。侍女から夕食のご用意が整ったとのことです」


ヨルはクライド様にそう声を掛けた。


「もうそんな時間か。わかった」


ふいにヨルと私の視線が交わってしまう。

私はヨルに対して僅かな罪悪感と寂しさから顔を逸らした。


「国王陛下。無礼を承知でお願いが御座います」

「言ってみろ」


ヨルは一瞬私を見たあと、透き通る声で自分の願いを口にした。


「彼女を…アリス·フィールドを俺に譲って頂けませんか」


ヨルの言葉に私は胸がドクンと脈を打つ。

どうして、そんなことを…


クライド様はピクリと片眉を動かし、ヨルに冷酷で冷ややかな視線を向けた。


「何だと…?」


しかしヨルはクライド様に怯みもせず、射抜くような強い瞳を向ける。

二人の間に凍てついた氷のような空気が流れる。


(ヨル…。何を言っているの?相手は国王陛下なのに…)


国王陛下の妻となる女性を奪うことは不敬罪になってしまう。

それにヨルはクライド様の従者。

私と昔交わした約束があろうとも国王陛下の妻を奪うことは重罪に値する。

そんなこと分かりきっていることだ。

それなのにどうして……


「国王陛下…!あの…」

「アリス。お前は先に行け」

「でも…」

「俺の言葉が聞こえなかったのか?」


冷たさを孕んだ声に私は思わず身体がビクッと震えてしまう。

ここで怯んではいけない。

しかし、その場で私に出来ることは何も無い。

ここはクライド様に大人しく従っていた方が良いのかもしれない。

私は自分の言葉をぐっと飲み込んで、絞り出すように言った。


「わかりました…」


彼にそう告げた後、不安を残しつつ私は一人庭園を後にした。


翌日。

私はクライド様と朝食を共にしていた。

テーブルの豪華な料理が所狭しに並んでいた。

スープを初めとして子羊のソテー、こんがりと焼けたパン、デザートに珍しい氷菓子まで揃っている。

実家にいた頃に比べたら考えられないことだった。


あの時は食べ物すら満足に与えて貰えなかった。

あの頃の自分が見たら自分が国王陛下の妻に選ばれるなんて予想もしなかったことだろう。


(あの後…。ヨルはどうなってしまったの?まさか不敬罪でこの国から追放になっていないわよね?)


私は不安を抱えながらクライド様に伺うように訊ねる。


「クライド様」

「何だ?」


「少しお訊ねしたいことがあります」

「聞いてやる」


「ヨル…あの従者の方はどうなったのですか?まさかこの国から追放されたのでしょうか?」


緊張した面持ちで訊ねる私にクライド様は手にしていたティーカップをソーサの上に置き、ため息をついた。


「お前は余程あの男のことを気にしているな」

「彼と私は幼馴染ですので…。気になって当然かと…」


「俺にはそのような感情理解し難いな…」


クライド様は一瞬だけ呆れた表情をした後、真剣な顔で話した。


「私にとって奴は必要な男だ。あれくらいのことで不敬罪にはしない。それに奴は他の従者よりも優秀だ。奴にはまだ私の為に役立って貰わないといけないからな」


(良かった…)


彼の言葉が引っ掛かるものの私は胸を撫で下ろした。

ヨルがこの国から追放される心配がなくなった。

一応(ひとまず)安心だ。

まだ私の方の問題が残っているけれど…。


「アリス。今日はお前と街に出掛ける。そのつもりで用意をしておけ」

「えっ…?」


私より先に食事を終えたクライド様は席を立ち、自室へと戻って行く。


街に?

二人きりで…?

それってまさかデートってこと…!?


国王陛下の婚約者である私に拒否権はない。

彼の決定に私は従うしかなかった。




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