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33.真実


………私はウンコ事件を起こしていなかった。



あの時に起こった実際の出来事は、こうだった。



時を遡る事、あの彼とデートもどきをして車内ウンコ漏らしプレイもして置き去りにもされて久しぶりに学校へ登校した所から始まる。

「ウンコ女」

彼にそう小声で罵倒ばとうされた私は、ウンコを催して学校の和式トイレに駆け込んだ。そして私はウンコと痔涙(血)と涙と怒りを流しながら、持ち込んでいたリュックを見て特製下痢用ゆるゆるおにぎりの存在を思い出し、下にあるウンコを見比べ思いついた。

おにぎりのラップでウンコを包んで、アイツの顔面にぶっ叩きつけたいっ………と。


そして私は怒りに我を忘れ、怒りとウンコに体を支配させて…………………………、



トイレでひたすら泣いていた。



本当はムカつくアイツの顔面に向かってウンコでぶっ叩き、ボコボコにしてやりたかった。

ぶっ殺してやりたかった。

彼だけじゃない、「ウンコマン」と名付けた兄、出来の悪い娘を受け入れる事が出来ない母、黙っているだけの事なかれ主義の父、恐ろしい叔父叔母、今の所エピソードは出ていないが取りあえず姉も、私をいじめてきたクソ野郎ども、いじめられていると聞いても何もしなくむしろ加勢をしてきたクソ教師ども、話を聞かず薬を出すだけのヤブ医者、みんな死ねばいい、どっかで野垂れ死ねばいい、苦しんで惨めに死んでいって欲しい、


殺してやりたい。


………………………………でも、わたしには、出来ない、出来なかったのだ。

いじめられ続けた十八年間の人生で培ったのは、小心者の負け犬根性と染み付いてしまった倫理観。そのせいで私は何も出来ず、出来た事と言えば汚いトイレの個室にこもって惨めにケツ丸出しで泣く事だけであった…。

昼休みが終わり授業が始まってもなおれる事なく泣き続けて、その時の私は不覚にも、一番嫌いな言葉である「情けない」が世界で一番似合う人間になっていた。トイレ中に情けない私の呻き声に似た泣き声が響いていたが授業中だったので、いつもの自ら消音ボタン化しなくて済み、惜しみなく大声で泣けたのは幸運であったが……。

授業幸運も終わりを告げ、心配した友達からメールが来ると、私は慌てて丸出しのケツにパンツを履かせ涙腺の蛇口を急ピッチで閉めて、腫れた目と赤くなった顔を覚ますために洗面台の水を顔にぶっかける。

しかしながら、長く泣き続けた顔にそんな荒療治が効くはずがなく…腫れた目に赤い鼻の顔は季節が季節なら、まるでサンタとプレゼントを運ぶトナカイのようであった。

ただし、運んでいるのはウンコである…。


トイレから出たものの、もう学校からは一刻も早く出たかったので教室に戻らずに、職員室へ早退すると報告しに行く。髪をなるべく顔に前に出し、顔を俯かせてバレないように先生と向き合った。


「どうしたの、大丈夫?」即バレであった。


朝は普通の顔だった生徒が、午後になったとたんにトナカイへと変貌していたら、そりゃあどんな間抜けでも分かるだろうに。私は不自然に狼狽しながら具合悪くて腹が痛くてこれがアレなもんで、と終始意味不明な言い訳し学校から逃げ出した。

そう言えば、教室に置き去りにした筆箱とノートはどうしただろうか、帰って来ない主人の帰りを未だの待っているだろうか……何だか、少し申し訳ない気持ちになった。


帰り道のバスの車内で、私は友達へ返信メールの文章を打ち始めた。

「具合悪くなって早退したんだ。何も言わなくてごめん!家で休んでるわ

( ´Д`)y━・~~」

心配させたくないのか、弱みを見せたくないプライドのためなのか、自分自身でも分からないけど私はわざと顔文字を付けてちょっとおちゃらけた感を出してメールを送信する。

そんなメールに対して友達の返信は、

「マジかぁ〜家でゆっくり休めよー。なんか必要な物あったらメールしてちょ

( ´ ▽ ` )ノ」

同じように顔文字を付けて少しおちゃらけているが、心配してくれているのが伝わる文章だった。

それを読んだ瞬間、固く閉じたはずの涙腺の蛇口が再び開いてしまい涙で視界がかすんでしまうと同時に、鼻水の蛇口も一緒に全開となって顔から滴り落ちそうになる。

私は焦って、リュックからティッシュを取り出そうとガサゴソ探るも、探す手に手応えは来ない。この時ばかりは自分の大雑把な整理整頓しない、いい加減な性格を反省する……いや、んな事より汚い水が顎の先端へと辿り着いてしまう。

マズイっ、と咄嗟の手に取り、顎周りと涙を拭き取ったのは学校で配られた何か大切な内容が書いてあった気がするプリントだった。鼻水と涙を拭ったせいで、ぐちゃぐちゃのしわくちゃのひどい有様になった紙を見て、私は思った。


もう二度と…、あの学校に行かない、戻れない、そう確信した。



これが私の、本当のウンコ事件の内容だった。

あの彼から尻尾巻いて逃げただけの、泣き寝入り負け犬ウンコ女の話だ。


…何故、私がこんなに卑下するのかと言うと、それには一応理由がある。今はまだマシになったかと思いたいが、その当時の私の時代は、立ち向かわないで逃げるのは負け犬、敗者、弱虫……と、要は悪い事だと見なされていた。

まるで、一度逃げてしまったら重大な犯罪を犯したかのように負い目を、私は感じていたのだ。

同じく、死にたいと言うのも御法度で死にたい苦しいなどと口にしてしまえば、口先だけのかまってちゃん、死ぬ死ぬ詐欺、とバカにされる傾向が強く…心に病を抱える人にとっては、まさに氷河期の時代であった。(※あくまで個人の見解です)。

だから、私はこれ文章を書いている今現在も「死にたい」と誰にも相談した事はなく、ウンコと一緒に希死念慮きしねんりょ(死にてぇと思う事)にも、ずっと付きまとわれている。


一度逃げてしまったら、死にたいと思ってしまったら、まるで…重大な犯罪を犯したかのような負い目を感じる事になると知っているから。


でもこの時は、私は逃げて部屋に引きこもった。何もかも嫌になり、携帯の電源を切ってゴミ捨てにも買い物にも一切外には出ずに、全てを遮断して動物の冬眠のごとくベットに丸まっていた。

もうこれで嫌な出来事は来ないだろう、そう思っていた…なのに、寝ても覚めてもあのムカつく男の顔がチラついて、いつまで経っても頭の中から出ていかない。しまいには夢の中にまで現れて罵詈雑言ばりぞうごんされてしまうていたらく…。

だから私は憂さ晴らしをしたのだ。あの時、自分のウンコをラップに包んで、彼を追いかけて、ウンコを顔に叩きつける妄想で。


その妄想は痛快だった。彼はウンコまみれになって泣きながら謝り、ついでに彼の友達の野郎も一緒にウンコに恐れをなして、二人で私に土下座する。見事復讐を果たした私を、周りで見ていた生徒、先生、友達、何故かいる母と父、全員が盛大な拍手喝采で称賛し、私のざまぁウンコ物語は大円団を迎えるのである。

…だけど、上手く行ったのは最初だけ。妄想の私が情けない現実の私に引っ張られ、叩きつけようとしても上手く当たらず逃げられ、先生達に取り押さえられ、周りからドン引きされ、無様に「ウンコを馬鹿にするな」と遠吠えし、無理やり彼へ謝られさせ、慰謝料を支払う羽目になる……。

妄想の中まで私は「ウンコマン」に成り果てていた。全てを遮断して引きこもっても、現実の自分が、襲って来る。イライラや怒りや悲しみや苦しみ全てがぐちゃぐちゃになって体中にむしばんで来るこれを、何とか発散しなければいけないが…その方法は限られていた。


高校の時のストレス発散方法は、自分の部屋でティッシュ箱を壊したり、本を投げたり、紙を破いたり、床に拳を叩きつけたりした手荒い方法だったのだが、兄に「うるせぇ」と騒音の苦情を言われてからは、私はどう自分の感情を処理していいのか分からなくなり………、最終的に自分の体を傷つけると言う方法を取ったのだった。

前にも少し触れたが、やり方は少し変わっていてハサミやペンを使って(定番であるカッターはとあるトラウマがあって使えなかったため)、利き腕の反対である左腕を傷つけていた。

しかしその時はビビっていたせいもあり、切れはしたもののたった数ミリ程度の微々たるもので、結局私はペン先を腕に叩きつけたり、拳で腕や太ももを大太鼓のようにぶっ叩く珍しい発散をおこなった。


そして私は再び自分の体を殴りつける。腕、太もも、腹…がしかし、それだけではやはり物足りず腕も切ろうとしたがハサミではよく切れないし、どうしたものかと悩んだ私はアレを使う事を思いついた。

それは普段ムダ毛処理に使っている、カミソリだ。身近にありすぎてまさに盲点、今まで気づかなかった自分は何て間抜けだったのだろうと、ウキウキで腕の皮膚にカミソリの刃を当てがったが………、やはり私は間抜けである。

大抵の毛剃りカミソリには安全ガードと言う、皮膚を守る素晴らしい物が付いているので、想像と違って上手く切れないのだ。力を入れ皮膚に食い込ませて引いても、少し血は滲むだけの猫の引っかき傷程度にしかならず…、何とも消化不良ではあるが数打ち当たれと言わんばかりに、とにかくカミソリをバイオリン弾くようにギコギコとカミソリを引いていった。

こうして左腕は、みみず腫れのような切り傷だらけの腕へと変身を遂げて私の心は一旦満足したが、その行為が新たな問題を発生させてしまう。


それは、かゆみであった。

切り傷は痛いだけだと思っていたが、日が経つに連れてかゆみが頭角を表し、我慢できなくつい腕を掻きむしったら最後、痛みとかゆみが増えるのに止められない無限地獄行きとなる。

しかもかゆみ止めを塗ると、傷に染みてジンジンとまた痛みが増して来るので、最終的には水道水を直接かけたり、冷やした濡れタオルや保冷剤で腕を冷やすといった対処方が一番よく効いたのだが、体温で暖かくなるとまたかゆくなるので、冷やす暖かくなるの攻防戦を永遠に繰り返す、自業自得の無限地獄に陥っていたのだった。


と、そんなこんなで引きこもる事、一週間以上。学校から連絡が行った母が私の家に乗り込むと、部屋の惨状を目の当たりにする。

そこら中ゴミが散乱し、服も洗い物もそのまま放置、風呂も食事も疎かにして汚くやつれた娘を見た母は怒り心頭となり、尋問を開始するが…不自然に腕を掻く姿を不審に思い腕の袖を捲り上げたら、今度は切り傷だらけの腕を目の当たりにしてしまうのであった。

母は慌てて父を呼んで病院に強制連行し、私は自殺未遂をしたと診断されて閉鎖病棟へ入院となった。


これが今に至るまでの、本当の真実の私の話だ。


でも、私はどうしても認めたくなかったのだ。ウンコを漏らして、陰口を言われ、家に引きこもって、自傷行為をし、閉鎖病棟に入院し、拘束された。

この一連の事実を。


自業自得の身から出た錆でこうなるなんて…、そんな現実は嫌だ、見たくない……………だったら、



あの妄想を、ウンコ事件を起こした私になればいいんだ。


そう、こんな風になったのは全てウンコの、ウンコに支配されているせいなんだ。

私のせいじゃない、ウンコのせい。


私のせいじゃない。



私のせいじゃない。



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