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29.入院編・嵐の前の静けさ

そんなしょーもない、いざこざはあったものの決意した計画通りに必ず先生の診察で従順・媚びる・笑顔・適度を徹底していたおかげで、大分順調に話は進み、私は妙な手応えを感じていた。


しかも、私を悩ませていた暇・空虚・無の三騎士との時間の戦いに、ついに強力な助っ人が現れてくれたのだ。


それは鉛筆。……そう、ただの鉛筆。


四人部屋に移ってから多少マシにはなったのだが、暇をつぶせるデイルームは人見知りの私にはやはり行きづらくて、相変わらずコンビニで買った雑誌を見て妄想する事と、紙をちぎって

こねたり指の皮を剥いてこねたりして毎日をしのいでいた……………。


………って、いくらなんでもこんなのが三週間も続けば頭おかしくなるわ、いい加減にしろ。

と、心の不満が爆発しそうな所に鉛筆を使ってもいいと、先生からのお許しを得る事ができた私は態度を一変させ、妄想でサンバカーニバルを開催し心踊っていた。

そして早速鉛筆を手にした私は、自室のベットの机で紙を用意して風景や落書き、ヘンテコな文章、母への持って来てほしい荷物のメモなどなんでも書き殴り、…気づいたのだ。

鉛筆は最高の暇つぶしツールで、人類最大最高の発明だと。

そもそも絵を描くのが好きだった事もあるが、紙と鉛筆さえあれば時間なんてものは、主人公に即座にやられる雑魚ざこのチンピラみたいなもんであり、私はまさに文字通り時間を忘れて熱中した。

余計な話であるが、私は入院中にウンコが主人公の「ウンコマン」と言う四コマ漫画を自主連載した経験があり、最後はウンコマンが自分の家の肛門へ帰って行って、連載は無事に打ち切りを迎えた事がある。


しかし、そんな鉛筆でも問題が立ちはだかる。

その問題とは、鉛筆が削れなかった事だった。この病練では鉛筆けずり器が禁止されていたので、芯がなくなるといちいち看護師さんを呼んで頼まなければならないので、とても面倒であった。

なぜかと言うとその理由はカミソリと一緒で、尖った鉛筆で自分や他人を傷つけないようにである。なので、看護師さんが削ってくれたのはどれも先端が丸く、優しい鉛筆達を受け取るのだが……。

いや、どっかのわがままお嬢様か、と心の中で突っ込まずには入られなかった。

明らかに忙しい看護師さんに、こんなどうでも良いしょーもない事を頼むのは小心者で気の小さい私には、結構勇気がいった。でも鉛筆の力がなければ、この場所最大の敵、三騎士暇・空虚・無には立ち向かえない。私は心を鬼にして、看護師さんに鉛筆削りを頼み込むのだが…、それでもやはり言いにくく口に出せない時がある。


そこで私は最終手段の奥義・鉛筆つめ削り器を編み出したのだった。

その奥義とは、すり減った芯と木の部分の境目が薄くなっている所(特に斜めに削られているとなお良し)を狙い、自分の肛門で鍛えた黄金の右人差し指の爪でその部分をガリガリと剥ぎ取ると、少し芯が顔を出しまた描けるようになると言う……何とも貧乏くさい奥義である。

しかも、この奥義は欠点だらけで、剥ぎ取るのに時間がかかるし爪も痛くなるし、少し出た芯も経った数秒でなくなると言う穴だらけの欠陥奥義……、結局看護師さんに頼んで削ってもらうしかないのだった。



そしてまた、先生の診察で許可が出たものがある。

それは病練の外にある病院の中庭を散歩する事で、外に慣れる・ストレス軽減・運動を兼ねた週二回の日課となった。

もちろん患者が逃げ出したり暴れないように、看護師看守さんが常に付き添っての散歩であり、私は施錠された厳重な病棟のドアから三週間振りに、外に出て空を見て看護師さんに言われるがまま、思いっきり空気を吸った。


……………眩しいな、それだけである。

別に外の空気は気持ち良くも美味しくもなく、かと言って気持ち悪くも不味くもなく、ただ。

あ〜〜〜〜〜早く、退院してぇ〜〜〜、としか思えなかった。


看護師さんと並んで、廃れた中庭をぐるぐるとしばらく歩いていると、私の脳内に犬の散歩を彷彿ほうふつさせた。唯一の違いは首にリードがあるかないかだけ、こっちは放し飼いの散歩である。しかも散歩は私だけでなく、周りを見るとチラホラ散歩仲間が数人いて、その様子はさながら人間ドッグラン…。

思わずシュールな妄想をしてしまい、私はニヤける顔を隠しながら何の意味の無い世間話を看護師さんと繰り広げ、ドッグランを歩き続けた。


先生から許可が出た日課はこれだけでなく、病練の外への買い出しも(と言ってもあくまで院内コンビニだが)看護師同伴で行けるようになったのであった。散歩と同じで、外の訓練と精神の健康に良い作用を働かせると言う事だが…。

確かに人に頼むより自分で買った方が早いし便利だしさ晴らしになるが、私の後ろには看護師さんがピッタリとくっついて監視してるし、いくら人見知りとは言え入院する前も別に平気でコンビニには何十回も行けていたし、これが果たして私にとって良い訓練になるのかと、つい、もう一人の自分が嫌な事を突っ込んでしまう。

これは人様にウンコを投げつけた代償であると考えれば、ぐうの音も出ないが…。


ただ、三週間もここに入院していて私は気疲れしていた。

しかも順調に診察は進むものの、退院のたの字出て来ないのでせっかく考えていた脱出計画の雲行きが怪しくなり、私は焦った。

「私はいつ退院できるんですかっ?」と、今すぐにでも聞きたい。でもそんなこと言えば、病気を自覚せず病院から抜け出そうとしている必死な患者にしか見えない。

私は自分が普通じゃなく、精神を病んでいる自覚はある。通院もするし、薬だって飲み続けるから、ただこの牢獄から解放して欲しいだけ。

本当ならそんな不満や要望をはっきり言ってしまいたい、なのに実際は過去のいじめ、排泄、家族、感情のコントロール、についての話をして先生の見解に相槌あいづちを打つしかないのだ……、控えめな作り笑いをしながら。


私の精神状態は徐々に限界へと近づいて来ていた。そしてついに、限界を超える出来事が訪れる。


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