入院してから二十一日、三週間が経った。
今回は残念ながら良い話はない……、と言うより良い話に悪い話が表裏一体でくっついて来て、結局悪い話となってしまうのだった。
…まず一つ目の話は、病院の食事が少し
何かと言うと、醤油・食塩・マヨネーズ・ソース・ふりかけ、などの調味料を使うと、腑抜けになっていた舌に強い味覚の衝撃が脳内にガツンと響いて、憂鬱だった食事の時間がマシになるのであった。
特にそれは、冷えたボソボソのご飯と相性がピッタリでふりかけは当たり前だが、塩ご飯・ソースご飯・マヨネーズ醤油ご飯と調味料でアレンジすると飢えている舌を程よく刺激してくれる。
しかも油は、ウンコの
その五つの調味料達は私の
だが、だがしかし…、さっき言ったように、やはり良い話に悪い話はついて来るもので。
調味料は食堂には置いておらず、許可を貰えば個人で持ち込んで良い事になっていた。私は食事制限はなかったのですぐに許可を貰える事ができ、さっきの調味五芒星セットを毎回食事の度に持ち込んでいたので、いっその事よく店に置いてある卓上調味料のトレーに入れて常に持っておきたいくらい、彼らには頼り切った食生活を送っていた。
そんなある日の昼食中、私がいつも通り遠慮なく調味料をぶっかけていると、対面にいた年配の女性がじ〜〜〜〜っと、こっちをじっとり見つめて来るではないか。
………まさに物欲しそうな目、とはこの事を言うのだろう。心の中でそう確信した次の瞬間、
「あの…、ちょっと、私も使って良いかね?」
その女性からそう声をかけられた時、私は少し戸惑ったもののすぐに了承して、調味五芒星を差し出した。
同じマズイ飯を食べる仲なのだ、こう言う助け合いは当然だろう…と、私は謎に良い気分に浸かっていた。
が、次の夕食の時間も彼女は私の隣に座ってねだったのだ。もちろん私は心置きなく、また調味五芒星を差し出す。そして次の日の朝食の時間、昼食、夕食、また次の日の朝食も、昼食も、夕食も、またまた次の日の………。
しまった!カモられている!!!
気づいた時にはすでに遅し、私は歩く人間卓上調味料として、婆さんに利用されていたのだった。別に私は、自分がケチではないと思っているが、………今回だけは話が別だ。
だって私が持っているのは、ミニサイズの調味料なのである。醤油・マヨネーズ・ソースは手の平サイズの大きさで、すぐ無くならないようにひと回しだけ、ふりかけも一食に一袋を使わずに二回に分けて、ちまちまと使う。
でないと、使い切ってしまったら看護師さんの週一の買い出し日か母の差し入れ日まで補充を待たなくてはいけないのだ。
…なのにだんだんと、その婆さんは遠慮がなくなっていき料理の「さしすせそ」の「
と言っても、それは意外に簡単な事である。
ただ単に調味料を持っていかなければ良い話……、なのだが、まぁしかしそれでは極論すぎるので、食事に持っていくのは容量がある塩とふりかけ一袋だけと何とか妥協した。誠に
さらば愛しき調味料達………、私は悲痛な思いで彼らに別れを告げて、ババアの待つ食堂へと向かって行く。
完璧の布陣で臨む私に、いつものように隣に目ざとく座って来たババアは調味料を吟味しようとするが、塩しかない調味料に明らかに戸惑っていた。
そう、私はどうこう言われる前に席にトレーを置いた瞬間に、マッハの速度でご飯にふりかけをかけて、残り半分はポッケに隠し入れたのだ。
なので、実質私が持っているのは塩しかない事になる…、これが私の考えた完璧なババア対策計画であった。
「あれぇ、ソースはないの?」
今日のおかずは白身魚のフライで、スズメの涙ほどしかソースがかかっていなかったので、追いソースをしたかったのだろう。
気持ちは分かる、私だってソースを足したい…………っていや、別にお前のために用意してねぇし、そもそも自分で用意しろや。
「いやぁ、かけすぎると体に悪いかなって…」私は見事な愛想笑いをした。
「えぇ〜若いんだから、そんな事気にしなくて良いのに」
お前は歳なんだから、少しは気にしろ。
「……残念ねぇ」
ババアは落胆した様子になったが、ちゃっかり私の塩を使ってその日の食事は終了する。
勝ったっ………!!
私は計画が上手くいった事に気分を良くしながら自室へと戻り、ベットのカーテンを引いて横になって擬似的に一人部屋の空間を作った。
一人の時が一番、安心できる……。そう噛み締めながら、横に置いてあるポテトチップスを手に取って、小さな卓上カレンダーを眺めた。いつ退院できるのかと何度もカレンダーで入院した日から日にちを数えて、来たる脱出日を妄想しているとポテチを取る手は止められない。
だが、あくまでここは一人部屋ではなく四人部屋だ。私は同室の人に騒音にならないように、口に入れたポテチを湿らせてから噛み砕いて音を最小限にし、次の買い出し日までのポテチの数を計算しながら食っていた。
………、
心に重くのし掛かる思いを、私はポテチの油で無理やり流し込んだ。
その後、バ…婆さんは新たなる自分専用卓上調味料人間を見つけ、その人のテーブルに座ってまたも調味料を遠慮なく使い続けていた。
私は目を付けられてしまった人に同情しながらも、自分がしょーもない小競り合いから逃れられた事に喜び、さっさと食事を済ませると自室のポテトチップス様の元へ向かうのであった。