入院して四日目の朝食を便秘のせいでほとんど食べれなかった結果、無事浣腸を肛門にぶっ刺される事となる。
もうすでに看護師さんには汚ったないモジャモジャ股間を何回も晒しているので、今更肛門を見せびらかす事に恥ずかしさもへったくれもなくなった私は、その後堂々と浣腸を受け止めて拘束されていたウンコを外の世界へと解き放った。
便秘問題の方はさっさと解決したが、新たな問題が即浮上する。硬く鋭利なウンコは私のヨボヨボ肛門を、まさしく通り魔のごとく傷つけて去って行ったのだ。
しかもその切れ痔は、今まで経験して来た痔の中でも深く肛門をえぐり、ベットで寝ているだけなのにズキズキと肛門は泣き言を漏らして来る始末。
我慢などできるレベルではなかったので、看護師さんに泣き言を訴えたらすぐに肛門の薬は処方してもらえたのだが…私は拘束されている身、またも肛門をさらけ出して薬を入れられたのであった。
……………これじゃあ私は、ただウンコを製造し生きている大人の赤ん坊である。
もう私の尊厳、プライドなんて地の底まで落ちていた。
…いや、もうウンコに支配されて人にウンコ投げつけた時点でその存在自体すでに捨て去っていたのようなものだが。
しかし、この出来事が最悪な事態を好転させる事となる。午後の診察の時に、私のウンコと肛門の状態が看護師さんから先生へと伝えられると、少しの間悩んだ様子を見せて口を開いた。
「運動は便秘と関係してるし、腸の健康とメンタルも関係してるからね………拘束はやめた方がいいかな」
「…拘束はやめた方がいいかな」
「拘束はやめた方がいいかな」
先生の言葉がこだまとなって頭に響き渡り、感動の涙が溢れ出そうになりながら私は歓喜の雄叫びを上げた…もちろん心の中で。
こうして私は肛門のおかげで、四日間共に寝食過ごした忌々しいベルトから解放されたのだった。
診察が終わりそれから夕食までの間は、またあの空虚の時間との戦いの始まりであるが、もう絶望はしていない。だって私を縛る足枷はなくなったのだから。
私はベットの上で体を動かす。丸くなったり、伸ばしたり、両手足をさすりまくったり、頭と顔を擦りまくったり、まるでハムスターの巣篭もりのごとくモゾモゾと動き回った。
自分の体を自由に動かせると言うのは、なんて素晴らしくて喜ばしいんだろうか。剥きに剥きまくった指と唇は痛むが水だって自由にガバガバ飲めるし、いつでもトイレは行き放題。
あぁ…自由って最高だ……と思っていたが、私がいる保護室はドアに鍵が付いており部屋から外へ一歩も出れないので、はっきり言って自由とは程遠い状況である。
しかも左手首には、「川村和香子」と名前とバーコードが書いてあるリストバンドが装着されたままだ。別にこれは、誤認防止などの理由でどんな病院でも入院すれば必ず付けられる物であるが…、何だか今の私には鎖のない手錠のように感じた。
それでも、拘束されていない事は自由への大きな一歩だ。
それからしばらくして夕食が運ばれて来た時、看護師さんから顔色が朝の時より良くなったと声をかけられた。
自由になった人間に暗い顔の奴はいない。普段から暗い顔(兄
私の目の前のトレーに、病院の食事が並んでいる。ここの病院の食事は冷たくてボソボソのご飯に、味がついているのか分からないおかずで、作ってくれた人には申し訳ないが…正直言って美味しくなかった。
が、拒むベルトがないとなると、不思議にガツガツと食べる手が進んで、お腹がスッキリしていた事もあってかその日の夕食はあっさり完食できたのだった。
後は歯を磨く時間、鏡に映った自分の見苦しい顔はなるべく見ないように口だけを見つめて、久しぶりに立っての歯磨きを開始する。いつもなら適当に済ませてしまう所だけど、他にやる事がないため熱中して一本一本隅々まで綺麗に歯を磨いていった。
そして消灯までの時間、私はウンコのために普段しもしないスクワットや体操、狭い部屋をぐるぐるとウォーキングもやり始める。
「私も頑張るから、お前も頑張ってくれ」心の中で私はウンコを励ましながら運動を続けた。
母から言われた「頑張ってね」とは違う、これは差し迫った「頑張る」だ。
これからは、嫌でも無理でもクソでも頑張らなくてはいけない…。そう決意しながら、私は頭の中で“閉鎖病棟早期脱出計画”を練っていく。
と、やけに大それた名前の計画であるが肝心の中身は、従順に媚びへつらう、たったそれだけの大変ショボいものである、が。……それは想像以上に難しい事だ。
小中高の十二年間、私があの辛い環境下でどうにか生きられるように学んだ事は、教師…先生と言う上の立場の人は従順な人物を好むと言う事だった。
詳しく言えば、手間がかからずに自分の思い通りに動いてくれる人物だ。ただし、大人しく何も意見を言わなくて受け身過ぎるのはNG。適度に自分の意思を発してやる気・元気・根気を見せつけるのがベストであり、暗い顔は減点対象で苦しくても悲しくても痛くても笑顔でいる事が何より大切である。
そう、そのテクニックで一番難しいのが、適度、と言う部分だ。余りにも過剰に明るくして笑っていると空回りしてしまい、真面目に聞いてねぇなコイツ…と思われて一気に好感度はダダ下がりする。
この従順・媚びる・笑顔・適度、に私は何度も失敗を繰り返して苦しめられたと同時に、助けられ生かされた事も事実であった。
だから今こそ私はその経験と知識をフル活用して、………今度は普通のフリに成功し、早くここから脱出しなければと決意を固めたのである。