トイレから出ると、私は彼を探した。
廊下を歩いていると、遠くの休憩スペースで机に座る彼の後ろ姿を捉える。獲物を見つけ興奮した私は小走りで、もうお昼を食べ終わり友達とだらだら喋っていた彼の後ろへと近づいて行った。
対面にいた彼の友達は、向かって来る私に気が付いてギョッとした顔で言葉を詰まらせた。涙のせいでマスカラが落ち、恐ろしい顔となった赤い目の鬼婆が迫って来るのだから、そんな顔になるのは当然だろう。彼は突然会話を止まった事を不審に思い、友達が視線を向けている後ろを確認するために、振り返った。
真後ろに立つ私目が合うと、彼はビクッと体を揺らし子鹿のように怯えるのに対し(子鹿なんて見た事ないが)、狩人化とした私はこれから起こる出来事と想像し、引きつる顔でニヤけたまま、手に隠し持っている
そして、私はヤツを彼の顔へと擦り付けた。
ヤツとは、もちろんウンコだ。
ついさっきまで、私の腹にいた正真正銘の自己生産のウンコである。
彼は一瞬、呆けていたが匂いと私が握っている茶色の物体を見て、確信したのだろう。叫び声を上げて椅子から転げ落ち、勢いよく尻餅をついた。私は追撃の手を緩ませず、次は首元に狙いを定めて、彼のTシャツの襟元をウンコを持つ手、ウンコ手で固く握り締めるも彼は払いのけ、立ち上がってその場から逃げようとする。
が、そうはさせない。
彼が口を手で覆いえずいた瞬間、私はその隙を見逃さず彼の足元に両手でしがみつく。が、しかしまたも彼は往生際が悪く私を振り払うと、おぼつかない足取りで走り出し、私もすぐさま追走する。
ちゃんと落ちないように頭を使って、おにぎりのラップを利用してウンコを包んでいるので、まだまだ蓄えは残っている。なので追いかけている間も、ラップの中からウンコを取り出して彼の背中に投げ続けられると言う、私の算段は見事の上手く行った。
我ながらいいアイデアを思いついたと自画自賛しながら、投げつけた所までは良かったが私の運動神経は底辺の中の底辺、投球のコントロールもなければ力もなく、投げられたウンコはヒョロヒョロとショボい動きで床に落ちて行くだけであった。上手く当たらない事で余計に腹が立ち、私は怒りのボルテージは最高潮に達する。
無我夢中で男を追いかけるその姿は正に、ウンコを持つ「ウンコ女」であった。
もしこれが雪玉だったら、もし彼と私が笑い合っていたのなら、ほのぼのとした恋人のキャハハウフフの場面になっていただろう。
現実はウンコ玉を持ち、彼は必死の形相で逃げ、私は赤い目の鬼婆となり追いかける、地獄の
しばらく
私はアメフトのようなタックルをくらって、先生に取り押さえられたのだった。
でも私は、腹の虫が……腹のウンコが
争っているうちにどんどんと、私の周りに人が群がって来る。ざわめく声とギョロギョロ動く多くの目に晒されると、まだ奥にしぶとく残っていた怒りがフツフツと沸き上がってくる。
好奇の目、怯える目、驚愕する目、嫌悪の目。私はその目に向かって、力の限りに叫んだ。
「ウンコをバカにすんじゃねぇっ!!!」