目次
ブックマーク
応援する
15
コメント
シェア
通報
16.専門学校時代・運命の出会い

下痢人間として新しい門出を切った私は、下痢止めの薬を常に手に持って生活を送っていた。


でも、どうしてだろうか……それがかつて常に持っていたゴム指袋を思い出してしまい、何だが胸がムカついて不快な、モヤモヤとした嫌な気持ちが胸に残る。

しかも悪い出来事は重なってしまうもので、学校での授業も上手くいかなくなって行った。プレゼンテーションは置いといて、課題はちゃんと提出しているものの成績はあまり伸びず。

そもそも美術・デザインなど絵を描く事は好きなのだが別に得意でも上手くも成績も良くなく、高校の美術の授業では単位を落とした事もあるくらい実力がない、本当にただ好きだっただけの人間であった。


母も先生も、この美術系の専門学校が私に向いていると言っていたけれど…本当にそうなのだろうか?授業で先生に怒られても、下痢で根を上げる腹に耐えながらも、どんな困難や災難、災害、便災べんさいがあろうとも通いたいぐらい私は美術が好きだったっけか?

だんだんと学校に通って行くに連れて、そんな自問自答が頭の中で復唱する。


…………いやいや、今更なに言ったって遅い。学費だって親に払ってもらっているし、下痢人間にはなってしまったが、指入れウンコマンを卒業して、友達が出来て、擬態も出来ているんだから、もっと通って行けば私は普通になれる可能性はある…、かもしれないじゃないか。


微かな希望を頼りに私は学校に通っていた。


そんな時に、私に運命の人との出会いが訪れた。

カッコつけた言い方をしたが、既に入学式で出会っていた男の同級生とである。

ある日の授業中、私が窓際の席に座っていた所、窓の隙間から突風が吹き込んで、机に置いてあったノートやプリントがバラバラに飛ばされてしまった。慌てている私に、拾うのを手伝ってくれたのが、後ろの席にいた彼だった。

ベッタベタに古い少女漫画かとツッコミたくなるが、いじめられてばっかで人との関わりがなかった私にとっては、それだけの事で優しくて素敵な人だな、とバカ単純に思ってしまったのだ。

それがきっかけで、私と私の友達、彼と彼の友達の四人で学校の課題のレポートについて話していたら、レポートのネタに学校近くにある美術館の展示会がちょうどいいと、一緒に展示会へ見に行く事に。

しかも運が良いのか悪いのか、両方の友達がたまたま用事が重なり行けなくなったで、彼と私の二人っきり、となってしまったのだった。


もしかして、これは、デートと言うものなのか………?


私は浮かれ、約束の日までの数日間、胸の動悸は止まらずに妙な緊張感で何回もトイレに行き続けた。彼氏でもないただの同級生と美術館行くだけなのに、こんなにも私が気にしてしまうのには、実は家族に一因があった。

父と母、姉、兄…私の家族全員、大学・専門学校で彼氏彼女ができ、そのまま結婚しているのだ。専門学生になれただけでも、自分にとっては十分すごい事なのに彼氏まで出来たら、かもではなく……、本当に今度こそ普通になれる。


そして絶対に永遠に死ぬまで無理だと思っていた結婚もしたら、普通の永久保証付きだ…!と、私は思い詰めた。

緩む腹を抱えながら、またも入学式の時と同じように化粧・喋り方・表情など全てを勉強し直す。もはや本来の目的のレポートなんて、どっかに吹っ飛んでいた。


そして約束当日…、目覚ましを二回セットしていたので寝坊せずに無事に起床。

駅での待ち合わせ時間は午前十時、起床時刻は午前五時。緊張してよく寝られなかったせいか、目はギンギンに冴えていて下には青い隈がくっきり浮き出てしまった。しょうがないので、いつもより化粧を濃く塗って隈を隠蔽いんぺいし、服やカバンは前日に用意していたのを着てしまえば、準備はおおよそ整った。

出かける前には忘れずにトイレに寄り、いつもしている念の為のナプキンを付け、最後の仕上げに下痢止めを飲めば、出発準備の任務完了。

遅刻してはいけないと、駅には約束の三十分以上も早く前乗りで待っている事にした。その間はケータイをいじって興味のないニュースを見てる事で緊張を誤魔化し、精神を落ち着かせようとしてみるも、一向に治る気配はなく暑くもないのに不自然な汗が漏れたかのように出て来てしまうが…………、私は焦らずほくそ笑む。

大丈夫、こう言う時の為に脇汗パット付きのインナーを着て来たのだ…さすが私、抜かりのない万全の備えである、と心の中で得意げに呟くのであった。


ププーーーーッ、と目が覚めるようなクラクションの音に下を向いていた顔を上げると、軽自動車の窓が開いて彼の顔が見える。

専門学校や大学の入学に年齢制限はないので、二十歳過ぎの人は結構いるものだ。彼も免許と車を持っている年上の人だった。


彼の助手席に乗り込むも狭い車内の密閉空間で目的地に着くまでの間、緊張からか…一体何を話したのか正直ほとんど覚えておらず、微かにあるのは下手な愛想笑いをしていた記憶のみ。

お目当ての美術館に無事着くと開けた空間になったおかげで、少しは気分が落ち着いたが相変わらず汗は止まる事なく汗パッドは大活躍。今度から汗パット君を私の相棒に昇格(降格?)しよう、と余計な事を考えているせいで、肝心のレポートのための鑑賞は身が入らない。

有名な絵・陶器など様々な美術品を見ても何も感じ取れなくて、感じられるのは、彼の言動や動作、自分の汗や心臓の鼓動。


早く帰りたい……、そう思ってしまっていた。


その時間で唯一私が安心出来たのは薬で無理やり大人しくさせている、ウンコだけだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?