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第11話:次の依頼

§


「シュバルツのバカ! なんでわかってくれないの! そのかえでの葉、焼き払うわよ!」

「やめろ! これを焼かれたら、それがしはすっぽんぽんではないか!」

「ふんっ! じゃあ、ニンジャマスクも焼き払ってあげるわよ!」


 新しいダンジョンの探索を終えた後、シュバルツのパーティは三日間の休息日に入った。休息日の初日は朝から元カノとスイートルームの中で楽しく会話をしていた。


 しかし、シュバルツはまたしても口を滑らせて、元カノの機嫌をそこねてしまった。スイートルームにいられなくなったシュバルツはそこから飛び出した。


(喧嘩するほど仲がいいとは言うが……些細なことで喧嘩してる気がするぞ?)


 スイートルームから外に出た後、この場にいても仕方がないとばかりに、シュバルツは宿屋を後にした。


 元カノと仲直りをしたい。いや、もっと関係を進んだものにしたい。そのためのアイテムを街で仕入れるようとした。


 ふと、1週間前に寄ったアクセサリーショップが目についた。店に足を運ぶ。


 しかし、そこでシュバルツは肩を落とす。300万ゴリアテのペアリングはすでになかった。売却済みという札がガラスケースに貼られていた。


(そりゃそうだ……目利きが不得意な自分でも欲しいと思える品だったしな)


 シュバルツはとぼとぼと力無くアクセサリーショップを後にする。職人街を抜けて、冒険者ギルドの前へとやってくる。


 ペアリングを買うお金を貯める必要はなくなった。だが、それでも、今日から三日間、休息日だ。


(冒険者ギルドの依頼を受けておこう。金を貯めておけば、違うペアリングが入荷された時に役に立つ……)


 結局、シュバルツは休息日だというのに冒険者ギルドにやってきていた。ペアリングの購入資金のためにうってつけの依頼がないかの確認をおこなった。


「うーーーむ。安い割りには面倒な依頼しかないな……こう、どかん! と一発当てれるような依頼がほしいのだが」


 シュバルツは目を凝らして、冒険者ギルドの依頼ボードを見つめていた。上から順に横へと視線を移動させる。それを下の依頼書まで続けた。


 しかし、なかなか見つからない。「はぁぁぁ……」と、でかいため息をついてしまった。


「どうしたんですかい? ため息は幸せが逃げますよ?」


 いつの間にやら、隣にはちりめん問屋の若旦那がやってきていた。苦々しい顔で若旦那のハスキーを見るが、彼は涼しげな顔をしている。


「そんな顔をしなさんな。ユウナ・ノワールはきっちり懲らしめておきましたよ」

「それは心配しておらん。ハスキーの旦那なら、ユウナをとことん追い込んでくれることは織り込み済みだ」

「あら……もう関心がなくなってしまったのですかい?」

「そうではない。働き損をしたことを思い出したくないだけだっ」


 ハスキーは肩をすくめている。それに同調するように、こちらも肩をすくめてみせた。ハスキーは「ふふっ」とほほ笑んでいる。


 こちらの意を汲み取ってくれたのか、ユウナのことは二度と口にすることはなかった。代わりに自分と一緒に依頼ボードを見てくれた。


「どんな依頼を受けるつもりなんだい?」

「ああ……ペアリングの購入資金を稼ごうと思ってな」

「なるほどね、ペアリングは高いですもんねえ~~~」


 隣に立つハスキーはニヤリと口の端を歪ませている。しまったと思ったが、後の祭りだ。こちらの事情を利用して、何かを企むに違いない。


「それなら、良い依頼がありますよ?」

「ああーーー?」


 声に怒気と疑念が乗ってしまった。ハスキーはこちらの気持ちを鑑みての発言をしてくれたというのに、自分は子供じみた反応をしてしまった。


 いかんいかんと首を左右に振る。するとだ、ヒトの気配を背中に感じた。シュバルツはゆっくりと振り向いた。


 自分の後ろには男女のペアがいた。ブラン家の長男とヴィオレ家の長女だった。彼らはデートというよりかは、どこかの式典に出るような格好をしている。


「シュバルツさん。その節はお世話になりました」


 ルイス・ブランが丁寧に挨拶してきた。彼の隣に立つナタリー・ヴィオレが深々と頭を下げてきた。どうしたものかと頭をニンジャマスク越しにぼりぼりと掻く。


 自分の正体は隠した。それなのにルイスたちがこちらのことを知っているということは、それをばらしたのはハスキーということになる。


 ハスキーに視線を向けると、腕組みをしてうんうんと満足げに頷いている。


(こいつは……皇子でなければ、1発、殴っているところだ)


 ルイスとナタリーは手と手を絡め、恋人繋ぎをしている。さらに2人はペアリングをつけている。こめかみにずきずきと痛みがやってきた。


(おいおい……それがしが狙っていたペアリングではないか)


 いったい、どんな縁でこの2人と自分は繋がっているのかと、創造主に問いたくなってしまった。頭痛を振り払うためにも、頭を左右に振る。


「お節介かもしれないけどさ、シュバルツ」

「なんだ?」

「こういうのはデートで買うべきだよ。ひとりで決めてどうするんだい?」

「うぐっ! 言われてみれば……自分は焦っていたのか!?」


 すっかり失念していた。ペアリングをひとりで買おうと焦っていた自分が恥ずかしくなってきた。


 もし、ニンジャマスクで顔を隠していなかったら赤面している顔をハスキーに晒していただろう。切腹ものの恥をかくところであった。


 ユウナの依頼を受けるよりも先に、まずはペアリングというものをどう捉えるかが重要であった。そうであれば、ユウナの依頼をわざわざ受ける必要もなかったのだ。


「ぐうの音もでないとこはこのことだっ!」

「そういうこと。まあどっちにしろ、先立つものがないとね」


 ハスキーはにこにこ笑顔だ。対して、自分はとんでもなく渋い顔になっている。


 しかしながら、ハスキーがわざわざ冒険者ギルドにやってきて、ルイスとナタリーを連れてきたのには理由がありそうだった。


「いい依頼をもってきてくれたのか?」

「今度は別れさせ屋じゃない。シュバルツにはくっつけ屋になってもらうよ」


 ハスキーの言わんとしていることがよくわからなかったので、首を傾げてしまった。


 そんな自分にかまうことなく、ハスキーはルイスとナタリーを促した。彼らは手をそろえて依頼書をこちらへ渡してきた。


「あーーーはい……」


 それは披露宴の招待状であった。招待状の文面を読む。


――この度、ルイス・ブランとナタリー・ヴィオレは結婚することになりました。つきましては披露宴を開催させてもらいます。ご出席してもらえますか?


 招待状の文面はそれだけでは終わらなかった。シュバルツ専用の文面が添えられている。


――なにかと騒がしい世の中なので、花嫁のナタリー・ヴィオレを守ってくれませんか? 報酬に300万ゴリアテを用意しております。


「出来すぎだな……」

「頼まれてもらえますか?」


 ルイスが心配そうな顔でこちらを見てきた。彼に向かって、サムズアップしてみせた。その途端、ルイスとナタリーの顔は花が咲いたかのような晴れやかな笑顔になった。


 シュバルツは2人の幸せな空気に飲まれてしまう。苦笑いするしかなかった。


(まったく……これから秋が深まるというのに。春の柔らかな空気を存分にぶつけてくれる)


 ルイスとナタリーはこちらに再度、深々とお辞儀をする。シュバルツは失礼のないように股間を隠している楓の葉の位置をきちんと調節してから、彼らにお辞儀をした。


 2人は幸せそうに笑いながら、冒険者ギルドの外へと向かって行く。その後ろ姿を微笑ましく見送った。


 しかしながら、ふと、疑問が湧いた。隣にいるハスキーへと顔を向けて、疑問をぶつけた。


「披露宴に行くのであれば、こちらもペアでなければならないのでは?」

「元カノを誘ってあげればいいじゃん」


 さも当たり前とでも言いたげな表情でハスキーが答えてくれた。シュバルツは「むむ……」と言葉を濁してしまう。


 ここに来る前のことを思い出した。烈火の如く怒っていた元カノのことを……。


「それは……とんでもなくミッションインポッシブルだ……」

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