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第9話:僕が先に好きだったのに

◆ ◆ ◆


 シュバルツはゆっくりと歩いていた。道行く人々が自然と道を開けてくれる。それもそうだろう。彼の身体からは異様なほどに熱が発せられていた。


 身体から放射された熱は彼の身体の周りに陽炎を作り出していた。


 繁華街を抜け、住宅街に入る。その時、一斉に鳥が飛び立つ。庭にいる犬たちがキャンキャンと吠えた。彼らもまた、シュバルツが放つ殺気に怯えたのだろう。


 だが、シュバルツの目はまっすぐにノワール邸を見ていた……。


 シュバルツは一度、足を止めた。楓の葉と股間の隙間に手を突っ込む。そこから天狗の面を取り出す。それをじっと見る。


「今のそれがしは修羅。それにふさわしい格好となろう」


 左手で股間の楓の葉をはぎ取る。右手で股間に天狗の面を装着する。


「ふぉぉぉ!」


 股間に熱が入った。股間を中心として身体中の血が沸き立つ。抑えきれない破壊衝動があふれ出す。どす黒い力がどんどん湧いてくる。


「さあ、宴の……開幕……ぞ!」


◆ ◆ ◆


「止まれ!」


 シュバルツはノワール邸の前にやってきた。門衛がこちらに気づき、槍の穂先を向けてきた。


「ふんっ!」

「うぎゃぁ!」


 突き出された槍と交差するように右手を前に出す。衛兵が一瞬、驚きの表情を作ったのが見えた。その驚きの表情のまま、門衛の首は空中を舞っていた。


 首から上を失くした門衛はその場で立ち尽くして、赤い噴水となる。


 シュバルツは門衛の方を見ずに、彼の横を通り過ぎた。遅れて、ズシャッという音が聞こえる。首無しとなった衛兵の身体が倒れた。


 鉄格子の門を素足で蹴り飛ばした。ガシャーン! という盛大な音が鳴り響く。「何事だ!」とノワール邸の衛兵たちが集まってきた。その数は20といったところだ。


「貴様、何をしている!」

「見てわからぬか! 悪行三昧の貴様たちを滅ぼしにきたのだ!」


 真っ赤に染まる右手を衛兵たちに見せつける。衛兵たちはじりじりと後退していく。


「命が惜しくなければ、かかってこい!」


 一喝してやった。腰砕けになる者が半数、顔を真っ赤に染めている者が半数いた。こちらの怒声によって、憤慨した衛兵たちが一斉に襲い掛かってきた。


「命を粗末にする愚か者たちが!」


 こちらに向かってきた者たちに対して、姿勢を低くする。膝を折り、背中を丸め、手を地面につける。威嚇する犬のような姿勢を取った。


 それでも衛兵たちは突っ込んでくる。シュバルツは四つん這いの状態から背中をのけ反らせた。大きく口を開く。歯をむき出しにして「わおーーーん!」と吠えた。


 獣の咆哮だ。こちらに向かってきた衛兵たちが金縛りにあったかのように動きを止めた。


「ひ、ひぃ!」

「逃げなかったことを後悔するがいい!」


 シュバルツは衛兵たちの間を跳ね回った。まるで猟犬のように。


 地面を蹴る。土が舞う。衛兵の首が飛ぶ。血しぶきが弧を描く。それを何度も繰り返す。この間、たったの3秒。シュバルツの前に立ちはだかった衛兵たちの首を全て刎ねた。


 真っ赤な華がシュバルツの周りに咲いた。その血を浴びながら、彼はゆっくりと立ち上がる。「ぐるる……」と狂犬のように唸った。


「まだ血が足りぬっ。我が手刀が血を求めている」


 シュバルツはべろんっと血に染まる右手を舐める。恐怖した衛兵たちが逃げ惑う。そちらに目をやらずに、ゆっくりとノワール邸の正面玄関へと入った。


「きゃあああ!」


 シュバルツの姿は異様であった。むき出しの素肌にまんべんなく血が付着している。こちらに顔を向けた使用人たちが悲鳴を上げた。


 そうしたかと思えば、ばたばたと足音を立てて、逃げ惑う。勢いあまって階段から転げ落ちる使用人たちもいた。


 そんな彼女たちを見もしないで、シュバルツはノワール邸を我が物顔でゆっくりと歩いていく。


 廊下の木の板を踏みしめる。ぎしぎしとなる。何事かとドアを開けた使用人がすぐさま、ばたん! とドアを閉めた。


 今のシュバルツを止める者など、ノワール邸の中にはいなかった。屋敷の中がひっくり返ったかのうに慌ただしい。


 狂乱状態の使用人たちのことを無視して、昨日、訪れた応接間の前までやってくる。ドアを拳でぶん殴って破壊した。


「な、なんでしゅ!?」

「貴様、何者だ!」

「ひっ、ひぃっ!」


 応接間にはユウナ・ノワールがいた。その他に2名いる。応接間のテーブルの上には黄金こがね色に輝く金貨が敷き詰められた木箱があった。


(屋敷内がここまで騒がしくなっているというのに、こいつらは私腹を肥やすための密談に夢中だったと……愚かにもほどがあるっ!)


 シュバルツは「ふんっ!」と鼻息を噴射した。それを合図に木箱を抱えて、小太りの中年が逃げ出そうとした。


「逃がすわけがなかろう!」


 シュバルツは股間に手を突っ込み、クナイを取り出す。それを小太りの中年の太ももの裏へと投げつけた。


「うぎゃあああ!」


 木箱が宙を舞った。それと同時に木箱の中身が応接間にぶちまけられた。キラキラと輝きながら、金貨が床に散らばった。


 小太りの中年は「ひいい!」と言いながら、床を転げまわっている。クナイをもう1本、股間の隙間から取り出し、そいつの背中に向かってぶん投げた。


「うげぇ!」


 小太りの中年は白目を剥いて、気絶してしまう。シュバルツは「ふんっ!」と熱い鼻息を噴き出す。


「シュバルツ! お前、仕事をしないどころか、僕を裏切るつもりでしゅね!?」


 ユウナがこちらに指さしてきた。憤怒の形相で、こちらへ怒声を発してきた。ジロリとユウナを睨んでやった。彼はぶるっと身体を大きく震えさせていた。


「ひとーーーつ! 貴様は人の道を外したクソ外道……」


 1歩、大きく踏み込む。ユウナが1歩、後退した。


「ふたーーーつ! 手前勝手な醜い欲望でライバルを蹴落とそうとした犬畜生……」


 応接間のテーブルを蹴飛ばした。テーブルはけたたましい音を立てて、天井に突き刺さった。


「みーーーつ! 僕が先に好きだったのには寝取られではないっ! 死ねっ!」


 前口上は終わった。あとはユウナの首を刎ねて終わりだ。一直線にユウナに向かって距離を詰めた。ユウナの顔は恐怖で歪んでいる。豚のように醜い顔だった。


 その頸部にまさに今、手刀を叩き込もうとした。


「なん……だと!?」

「せ、先生!」


 振り回した手刀を刀の鞘で防がれた。ユウナの左隣に腰辺りまである黒髪をなびかせたサムライが立っていた。


「先生、やっちまってくださいでしゅ!」


 ユウナは希望に満ちた顔に変わっていた。思わず「ぐぬぅ……」と声をもらしてしまう。ユウナの用心棒はニヤリと口角を上げている。


 用心棒はこちらの手刀を鞘で受け止めたまま、その鞘から刀を抜き出そうとしている。


 このままでは不味い。この距離は彼の居合斬りの間合いだ。すぐさま、後ろへと飛んで後退する。


「そこをどけ! 悪事に加担する気かっ!」

「どけぬ……これも仕事だからなっ!」

「貴様!」

「俺にもわけがある!」


 用心棒を問い詰めた。良心の呵責を呼び起こそうとした。用心棒の顔には苦渋の色が見えた。彼も迷っていることが伺い知れた。「くっ……」と唸るしかなかった。


「やるというのだな!?」

「やるしかあるまい、ここまできたら!」


 ユウナの用心棒はユウナとその父親とともにゆっくりと庭へと移動していく。こちらも必要以上に距離をあけられないようにと用心棒の後を追う。


 芝生の上で用心棒と対峙した。用心棒は得意の居合斬りの構えを取った。彼のその姿を見て、熱い汗が背中を伝って、さらにはむき出しの尻の割れ目へと入り込む。


 その汗が玉袋の玉筋で集まり、ひとつの雫となって、地面へと落ちていく……。その汗の結晶が地面に落ちたと同時にシュバルツは動いた。


 こちらが動きを見せたと同時に、サムライは鞘から白刃を抜き出した。


「一の太刀!」


 寸でのところで足を止め、居合斬りを躱した。胸にうっすらと赤い線を作られた。


 だが、シュバルツはこのサムライのことをよく知っている。この1撃だけで、彼は止まることはない。


「二の太刀!」


 白刃がいきなり上へと跳ねた。シュバルツは顎を引いた。顔を真っ二つに斬られそうになった。ニンジャマスクが斬られた。


 秋風によってはらりと顔からニンジャマスクがはがれていく。髪の毛が外気に触れた。熱い汗が体中から一気に噴き出した。


 だが、サムライの攻撃はまだ終わらない。シュバルツはサムライのことを知っていなければ、今頃、絶命していたに違いない。


「返しの太刀!」


 頭上から白刃が振り下ろされてくる。サムライの攻撃は三連撃であった。シュバルツはカッ! と目を見開いた。頭をカチ割らんとしてくる凶刃をまっすぐに見据えた。


「シュバルツ流忍術が奥義! 真剣白刃取り!」


 振り下ろされてくる白刃を両手でプレスするように挟み込んだ。真剣白刃取り自体は上手くいった。だが、そうだというのにサムライの目はギラギラと輝いている。


「き、貴様!? 勝負は終わりのはずだろう!?」


 動揺を隠せないままに聞いてみた。サムライは口の端を歪ませながら、こちら側へと体重を乗せてくる。


「あほうが! シュバルツ、お前が散々、俺にやってきたことを思い出せ!」

「身に覚えなぞない! しいて言えば……宝箱の罠を解除せずに蹴っ飛ばして開けたことだ!」

「覚えてんじゃねえかよ! まさにそれだよ!」


 話にならない。実のところ、今戦っているサムライとはパーティ仲間だ。


 パーティ仲間であるからこそ、どこかでそれとなく決着をつけるべきだと考えていた。だが、向こうはこの機に乗じて、自分を痛めつけようとしている。


 ならば、こちらも遠慮はいらない。白刃からパッと手を離す。サムライが驚愕したが、知ったことではない。素早く身体を捻り、白刃を躱す。


 捻りを入れた勢いを利用して、姿勢を低くする。そのままの姿勢で前へと走る。サムライの股を潜り抜けた。そこで立ち上がり、サムライを羽交い絞めにした。


「恨むなよっ! 秘儀・百舌鳥もず落とし!」


 サムライを羽交い絞めにしたまま、空高く跳躍した。そうしながらも、サムライを叩きつける場所を探す。ノワール邸の庭には池があった。


 虚空を蹴飛ばし、勢いよく、サムライとともにその池へと頭から突っ込む。バシャーンという盛大な音とともに水しぶきが起きた。


「はぁはぁ……てこずらせてくれる……」


 サムライは池の底へと沈んでいく。自分は池のヘリにしがみつき、ゆっくりと池の外へと出ようとした……。

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