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第8話:証拠集め(2)

◆ ◆ ◆


 シュバルツは不審者がたむろしているであろう場所にはまっすぐに向かわなかった。彼はこのボルドーの街の中心部にあるセントラル・センターに向かう。


 そこには時計塔があった。セントラル・センターのさらに中心部へと歩を進める。時計塔の真下までやってくる。股間に手を突っ込み、そこから鈎爪カギヅメを取り出した。


 それを両手に装着し、時計塔の壁の隙間に突き刺す。さらには両腕を交互に上へと伸ばす。


 外壁伝いにどんどん時計塔を登っていく。時計塔の一番上にある鐘が釣り下がっている部分までやってきた。


 ここからボルドーの街を一望出来る。眼下にはいつも利用させてもらってる宿屋、行きつけの酒場、贔屓にさせてもらっている武具屋が見える。


(それがしはこれから、この手を再びヒトの血で染める……)


 後には戻れない。戦場で敵を屠ることで付着する血ではない。この世に生かしておけない悪を斬るために、この手刀を使う。自分の手をじっと見る。一度、目を閉じた。


(何を迷うことがある! 必要ならば何度もこの手刀を振るってきたではないかっ!)


 手をぐっと握る。ぐつぐつと腹の奥底で煮えたぎるマグマの熱が身体の中を通り、手まで伝わってくる。


 覚悟は決まった。目をかっと見開く。許せぬ奴らを斬る。その場から前方へとジャンプした。


「ムササビの術!」


 空中で落下していく中、股間に手を突っ込み、そこから大きな布を取り出した。それを大きく広げ、両手と両足の指で掴む。


 船の帆のように膨らんだ布によって、地上へと落ちるスピードがぐんと減る。シュバルツは前を見据えて、不審者がいるであろう場所に文字通り飛んでいく……。


◆ ◆ ◆


「見えた!」


 シュバルツは思わず叫んでしまった。自分の予想通りの場所に、明らかに町民とも冒険者とも言えない怪しい格好をした5人組の姿が見えた。


 やつらは今は使われていない物見台の近くで焚火を囲んでいる。見張りが物見台の展望部分にいる。最初はその物見台の展望部分に着地する予定であった。


 代わりの場所を見つけなくてはならない。シュバルツは着地場所を空中で探す。


(あそこがよかろう)


 シュバルツは布の膨らみ具合を調整しながら、物見台の屋根へと音もなく降り立つ。見張りの者には気づかれてはいない。素早く屋根の上から、物見台の展望部分へと移動する。


「ふぁぁぁ……なんだって、こんなところで待機なんだ」


 見張りをしている者は大あくびの真っ最中であった。シュバルツは身をかがめて、ゆっくりと奴の後ろへと近づいていく。


 手が届きそうな位置にまでやってきたというのに、見張りの男はこちらに気づく様子もない。


(こいつは素人だ)


 シュバルツは素早く動く。右手で男の右腕を背中側に無理やり捻じ曲げた。左手で男の口を塞ぐ。そうした後、彼の右耳へと自分の口をくっつける。


「お前たちは5人か? イエスなら首を縦に。ノーなら首を横に振れ」


 恐ろしく冷たい声で男に質問した。彼はがくがくぶるぶると全身を震わせている。こちらに振り向こうともせずに、何度も首を縦に振っている。


「お前たちにノワール家の会社を爆破するように頼んだのはユウナ・ノワールか?」


 男はびくっ! と強く身体を震わせた。そして、そのまま固まってしまった。「チッ!」と強く舌打ちする。


 自分の命が他者に握られている状況だというのに、この男は何も答えようとしなかった。


「言え! 腕の骨を折るぞ!」


 右手で強く彼の右腕を捻った。彼は涙目になりながら、コクコクと首を縦に振った。


 聞きたい情報は全て聞いた。彼の口を塞いでいる左手を一度、大きく開き、彼の顎を鷲掴みにした。


 その手を伝って、男が大声をあげようとしている寸前なのがわかった。左手で男の顔の角度をすぐさま変えた。ゴキッ! という不快な音が聞こえてきた。


 男は白目を剥き、さらには口から血の泡を吹いている。


 そっと、展望部分の床に彼を横たわらせる。そして、彼の両手を握り合わせた。呼吸はすでに止まっていた。彼に向かって、片膝をつき、祈りのポーズを取る。


「まずはひとり……」


 残りは4人だ。物見台にいる連中は焚火を囲んで、酒を飲んでいる。そのうちの1人は革袋に詰まった金貨を1枚取り出し、うっとりと眺めている。


 不審者たちは物見台の展望部分で何が起きたのかをいまだに把握していない。


(さあて……ひとりだけはとりあえず生かしておこう)


 自分でも引くくらいに、恐ろしく冷静であった。腹の奥底ではグツグツと怒りが煮えたぎっているが、頭の中はクリアだ。どの順番で奴らを殺せばいいのかを正確に計算していた。


 彼らは一見、冒険者のような格好をしているが、その身から零れ落ちるオーラは「卑しい」という一言に尽きた。明らかにお宝を求めてダンジョンに潜る冒険者とは一線を画す。


(まあ、ひとのことを言えた義理ではないのだがな……)


 シュバルツはニンジャだ。「ニンジャ汚い」という格言がある。闇討ち、暗殺、なんでもござれだ。焚火を囲む彼らは同業者に違いない。だが、シュバルツから見れば、素人である。


 金貨が詰まった革袋を持っていることから、雇い主からすでに報酬をもらっているのだろう。だが、そうであるのにボルドーの街に留まっている。笑いがこみあがってきた。


(大方、このネタでユウナ・ノワールを強請ゆするつもりなのだろう。あのクソボンボンを見れば、そう出来ると判断したのだろう)


 シュバルツが手を下さなくても、こいつらは別の誰かに始末されるのは目に見えていた。だからこそ、素人同然のこいつらに会社の爆破を頼んだのであろう。


 だが、こいつらにはまだ聞かなければならないことがある。邪魔が入る前に、シュバルツは動いた。股間の隙間に手を突っ込み、そこから細長い竹筒を取り出す。


 吹矢だ。今回は針に毒を塗ってある。醜く太ったオークですらイチコロの猛毒だ。シュバルツはプップップッ! と、吹矢を三連射した。


「ぐぇ!」

「うがっ!」

「おごぉ!」


 3人は次々と間抜けな声を上げて、その場で倒れ込んだ。ぶくぶくと蟹のように泡を吹いている。彼らには悪いが、口の端が歪んだ。


 残りのひとりは慌てふためきながら、尻もちをついている。驚きのあまり、腰が抜けているようだ。


 シュバルツは物見台の展望部分からジャンプして、そんな哀れな男の前に音もなく着地する。股間の隙間に手を突っ込み、竹筒をしまう。その代わりにクナイを取り出す。


 身をかがめ、そのクナイの先端を泣きそうな顔をしている男の額に軽く当てる。


「知っていることを全て吐け。そうすれば、楽に死なせてやる」


 これまで以上にドスの効いた声を発した。その途端、目の前の男から糞尿の匂いが漂ってきた。「チッ!」と舌打ちしてしまう。


「命ばかりはっ!」

「それは叶わぬ。裁くのはそれがしではない。命乞いは閻魔様にしろっ」

「ひ、ひぃ! しゃべります! 全部しゃべりますから、どうかどうかぁ!」


 脅しは十分に効いた。股間にクナイを仕舞う。


 不審者は協力的だった。こちらがひとつ問えば、それを10倍に返してくれた。本来なら、聞く予定もなかったこともべらべらと喋ってくれた。


「なるほど……ユウナ・ノワールはブラン家に罪を擦り付けるだけではなく、ブラン家の家業である材木商も手にいれようとしているのか」


 とってつけたような策略であるが、あのクソボンボンなら、やりかねない杜撰な計画であった。


 裁判によって、多額の賠償金を請求する。とてもではないが、ブラン家が用意できる額とは思えないほどの額だ。


 賠償金が支払えないとなれば、ブラン家の材木商を代わりにもらい受ける。


「ふはは……」


 馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまった。全てが自分の都合のいいように世界が動いてくれるとでも言いたげな策略だ。


 自分が何か手を下さなくても、誰かが鋭いツッコミを入れるだけで、足元から崩壊してしまいそうな稚拙な計画だ。


 だが、それを誰かに任せる気はない。シュバルツはゆっくりと右手を振りかぶった。目の前の男が「ひいっ!」と悲鳴を上げた。


 手刀を彼の頭に叩き落そうとしたその時、自分の右腕を何者かに掴まれてしまった。「ふぅ~~~」とため息を漏らしてしまう。


「ハスキー、止めるのならば、もっと早く来い」

「すまんねえ。吐かせるなら、シュバルツの方が得意だから」


 シュバルツの腕を掴んでいたのは、ちりめん問屋の若旦那であるハスキーであった。だが、彼の今の格好はとてもではないが、そうは呼べない。


 白銀の全身鎧に身を包んでいる。金属製の小手で包まれた右手で、こちらの右腕をしっかりと掴んでいる。彼の雰囲気から察するに、どうやら、この男はまだ利用価値があるようだ。


「わかった……こいつはハスキーに任せよう」

「うん、それがいい。生きた証人は必要だからね」


 ハスキーが腕から手を離してくれた。自由の身となったシュバルツは立ち上がる。ハスキーの方へと振り向かず、本命の相手の所へと向かう。


「行くのかい? シュバルツ」


 背中側からハスキーに声を掛けられた。一度、足を止める。だが、振り向かない。こちらには相当な覚悟があることを、背中で伝える。


「ああ。この世には決して生かしておいてはいけないやつがいる」


 再び歩き出す。目指すはノワール邸。冷たさを伴いながらも優しい秋風が身体に吹き付けた。だが、そんなもので惑わされるつもりはなかった。


 煮えたぎる怒りをぶつける相手がいる方向をまっすぐに見据えた。瞳には怒りの色がにじみ出ていた……。

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