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第7話:証拠集め(1)

「担ぐぞ!」

「あーれー♪」


 シュバルツはハスキーをお姫様抱っこした。ユウナが何かを企んでいることは明白だ。ユウナの魔の手が迫っている人物の下へと急いだ。


 シュバルツはハスキーを抱えたまま、舞踏会がおこなわれているホールへと走った。予想は当たった。すでにホールの入り口には衛兵たちが集まっている。


「あまりにも手際が良すぎる!」

「その通りだね。見てごらん、衛兵たちがブラン家の人々を拘束している。取り調べもなく連行するとはね……」


 抱きかかえているハスキーが「やれやれ……」と肩をすくめている。シュバルツはギリッ! と強く歯ぎしりした。


 もしも、手が自由であったなら、衛兵たちをなぎ倒していたかもしれない。


 無力感を感じながら、ブラン家が衛兵たちによって連行されていくのを見ているしかなかった。静かに彼らの後を追う。


 ブラン家の皆はそのままボルドーの街にある留置所へと連れて行かれた。シュバルツの怒りは頂点に達しようとしていた。


「まあ、落ち着きなよ」


 隣に立つハスキーがこちらの肩に手を乗せてきた。その手を払いのけたくなるが、それを必死に抑えた。


「これが……落ち着いていられるかっ!」

「少なくとも裁判は行われるって。司法を捻じ曲げれるほどノワール家に力があるわけじゃないだろうし」


 ハスキーの言う通りなのかもしれない。だが、一抹の不安があった。ボルドーの街の裁判は裁判員制度を採用している。


「シュバルツの心配は……わかるけど」

「その通りだ。いくら裁判官が最終判断を下すと言えども、裁判員が裁判官の心象を悪くすることはできる!」

「その通りだね……」


 ハスキーは肩を落とした。こちらの憂慮していることに理解を示してくれている。


「証拠がほしいね」

「ぐっ……ノワール家の身の潔白を証明すればいいわけだな?」

「そうだよ。シュバルツにそれが出来るかな?」

「むろんだ」


 シュバルツは怒りをにじませながら歩いた。その後をハスキーがついてくる。まるで自分の暴走を止めるために付き添っているとでも言わんばかりだ。


 ハスキーには悪いが、握り込んだ手からどうしても力を抜くことができない。自分を静止するものがいたなら、こぶしを叩き込んでしまうであろう……。


◆ ◆ ◆


 証拠を集めるためにシュバルツは爆発現場へと向かう。ハスキーの案内を受けて、ノワール家の人材斡旋会社の前へとやってきた。火事はすでに消火されている。


 3階建ての建物は爆発の影響で半壊していた。火事の影響で建物の表面が真っ黒に染まっている。


 その建物を封鎖するように衛兵たちが列を為していた。


「何の用だ! ここは立ち入り禁止だぞ!」


 衛兵隊長と思わしき男がシュバルツの前に立ちはだかった。手に槍を持ち、ひげ面の強面で出迎えてくれた。シュバルツは彼を呪い殺さんとばかりの眼力で睨みつけた。


 衛兵隊長が後ずさりした。それに合わせて怒号を放つ。


「用も無いのに来るわけがなかろう!」

「ぐぅ! 貴様ぁ!」


 勢いに飲まれてたまるかとばかりに衛兵隊長がこちらへと喰いかかってきた。シュバルツは目に炎を宿しながら、右の拳を下から上へと彼の顎を打ち抜いた。


「隊長!」


 衛兵隊長の目から火花が飛び散ったのが見えた。彼は意識が飛んだのか、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。シュバルツはそれを横目にしながら、現場へと1歩、足を踏み出した。


「この狼藉者が!」


 隊長に遅れて、周りの衛兵たちが一斉にこちらへと槍の穂先を向けてきた。その数、およそ10人。シュバルツを瞬時に囲む。


「ちょっと……自分は戦えないよ?」


 ハスキーが怯えた表情で、控えめに声を漏らした。だが、今、彼にかまっていられない。


「すまんな。頭を抱えながら、身をかがめていてくれ」


 ハスキーはシュバルツに言われた通りの姿勢を取る。視界が開けた。シュバルツは構える。手には何も持っていない。だが、彼の手そのものが鋭利な刃であった。


 衛兵の一人がシュバルツに向かって槍を突き立ててきた。シュバルツは右腕を大きく振り上げた。槍の柄が半ばから切断された。槍の穂先が宙を舞い、地面にグサッと突き刺さる。


「ひぃっ!」


 衛兵が悲鳴をあげた。シュバルツはその衛兵をさらに睨みつけた。こちらが放った殺気に抗えなかったのか、その衛兵が尻もちをついた。


「ふんっ……武器を持っていないから、制圧できるとでも思ったのか? お前たちはニンジャマスターを舐めた!」


 シュバルツは目にも止まらぬ速さで動いた。動揺を隠しきれない衛兵たちの後ろに回り込む。手刀をトンッと軽く衛兵の首の後ろへと当てた。


「ぐぇ!」


 カエルの鳴き声を上げて、衛兵が前方向へと倒れた。他の衛兵たちはシュバルツを包囲するのを諦めて、団子のように固まった。


「まだやるか?」

「ひえええ!」


 衛兵たちが一斉に逃げ出した。シュバルツは彼らを追わない。それよりもやることがある。


 いまだに頭を手で押さえて、身をかがめているハスキーが近くにいた。彼へと近づき、そっと肩に手を置く。


「さあ、中に入ろう」

「お見事な手並みですねえ」

「お世辞はいらぬ」


 ハスキーが立ち上がるのを待って、半壊している建物へと入る。ハスキーが後ろで「こりゃひどい」と言っているが、そちらの方へと顔を向けない。まっすぐに前へと視線を向ける。


 人の気配を感じていた。逃げ遅れたひとがこの中にいることを素肌で察知していた。半壊した人材斡旋会社の中を素足で歩く。


「おかしい」

「何がです?」

「人の気配を多数、感じるのだが、それらしき人物が見当たらぬのだ」

「あらら……」


 ハスキーはそれ以上、何も言わなかった。こちらが慎重に気配がする場所を探っているのをそれとなく感じ取ってくれたのであろう。


 1歩1歩、ゆっくりと瓦礫が散乱する建物の中を捜索する。するとだ、次の1歩を進んだと同時に右の大腿筋がピクンと過剰に反応した。


 シュバルツは視線を足で踏んでいる瓦礫に向けた。その場でしゃがみ込み、手で瓦礫をどかす。木張りの床が折れ曲がっている。その向こう側に空間がある。


「ここかっ! ハスキー、下がっていろ!」

「は、はいな!」


 ハスキーが急いで、自分の近くから離れていく。それを視認した後、もう一度、床へと目を向ける。


 折れ曲がっている木の板に向かって、拳を叩き込む。ベキッ! という音とともに、木の板で隠されたものが露わになった。


 わなわなと身体が震えた。外からの光が床の下にあるものを照らしてくれた。


 建物の床には地下室があった。糞尿の匂いが鼻に突き刺さる。その匂いが余計にシュバルツの心に火をつけた。


「これは……なんという……」


 いつも飄々としているハスキーですら絶句していた。


 地下室には老若男女たちがいた。皆、やせ細っている。種族もばらばらだ。ヒューマンだけではない。ドワーフにホビット、さらにはノームもいる。


「間違いない。ノワール家は法で禁止されている奴隷売買を行っていたのだ!」

「そう……でしょうね」


 ハスキーは階段を使って地下室に降りていく。ハスキーの手には光を発する丸い魔導器が乗っていた。その光源を頼りにシュバルツはハスキーの後を追う。


「こんな年端のいかぬ子どもたちも、商売に使っていたのか!」


 見た目10歳に満たぬエルフの男の子がいた。あばらが浮き出ている。元は金髪であったであろう髪の毛が色あせている。


 愕然とした。その場でへたりこんでしまった。吐き気がして、胃液の中のものを地下室の床にぶちまけた。


「だいじょうぶ?」


 痩せ細ったエルフの男の子が心配そうな顔をして、こちらに声をかけてくれた。


「うおおお!」


 怒りが腹の底から次々と溢れてくる。創造主を憎みそうになった。これほどの不条理がこの世にあってたまるかとばかりに、地下室の天井を睨みつけた。


「シュバルツ……」

「何も言うなっ!」


 シュバルツは立ち上がる。諸悪の根源であるユウナ・ノワールにこの怒りをぶつけたい。だが、ここで見たことは、ブラン家とは関係ない。


 あくまでもノワール家の悪事のひとつを暴いただけだ。ブラン家を救うためには、この爆発事故を起こした真犯人を見つけなければならなかった……。


「ここは頼んだ、ハスキー」

「わかった。でも、ひとりで無茶するんじゃないぞ」


 ハスキーに後を任せ、自分は一足先に地下室の外へと出る。すると、ちょうど良いタイミングで、先ほど気絶させた衛兵隊長が目を覚ましてくれた。


(本当にツキがない男だ)


 衛兵隊長は頭を左右に振っている。はっきりとしない意識をクリアにしているようだ。シュバルツは「ククッ……」と不気味な笑みを零した。


 それが聞こえたのか、衛兵隊長が青ざめた顔でこちらを見ている。


「こっちにこないでくれ!」

「すまんな……聞きたいことがある」

「なんでも話す!」


 衛兵隊長が慈悲を乞うポーズを取っている。そんな彼と視線の高さを同じにするために、片膝をついて身体をかがめた。


「現場を調べていたのだろう? ならば、不審者の情報くらい掴んでいるはずだ」


 恐ろしく低い声で言ってしまった。衛兵隊長ががくがくぶるぶると震えながらも、こくこくと頷いてきた。


「いい子だ。さあ、そいつがどこにいるのかを教えてくれ」

「は、はい! 爆発事故が起きた後、現場から逃げるように去っていた不審な男たちがいたそうです!」

「ほぉ……、どちらの方に行った?」

「あっちです!」


 衛兵隊長が腕を伸ばす。かがんだ姿勢のまま、指し示す方角を見た。シュバルツの頭の中にボルドーの街の地図が浮かび上がる。


「なるほど……不審者が隠れるには絶好の場所があるな」


 シュバルツは立ち上がった。それにつられて、衛兵隊長が「ひぃっ!」と情けない声をあげた。だが、彼の方には顔を向けなかった。


 シュバルツの視線は不審者たちが隠れているであろう場所へと向いていた。恐ろしいほど冷徹な光が瞳に宿っていた……。

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