シュバルツの前方には光の筋が下から天井裏へと流れ込んでいるのが見えていた。天井裏の板に隙間が出来ている。シュバルツはその光に導かれた。
その場所まで身体を移動させる。天井板を少しずらす。光の量が増えた。シュバルツは暗闇の中にいたため、その光で目に痛みを感じてしまう。
(くっ!)
恐る恐る目を開ける。その目にはテーブルを挟んで、座っている若い男女が映った。目的の人物であろうと推定する。
お見合い会場であろうことは間違いない。さらに言えば、この2人以外、誰も眼下の部屋にはいなかった。
男の方をまずじっくりと見た。赤髪も目立つが、それよりも肌の色に注目した。褐色だった。
(こいつがルイス・ブラン……か?)
最初は日焼けかと思ったが、そうではない。貴族らしくないがっしりとした体格から、彼はドワーフだと推測できた。ならば、褐色の肌には納得だ。
ガテン系を思わせる体格をしたルイス・ブランは不思議なことに、そわそわとしているのが、見ているこっちにも伝わってくる。
次に女性の方を見た。金色の髪をポニーテールにしている。
165センチュミャートル、細身でFカップはあろうというデカカップだ。上から見ているために、胸の谷間がはっきりと確認できた。
(うらやまけしからん! しかし、これでルイスがナタリー相手にそわそわしている理由がわかった!)
ナタリー・ヴィオレは青のドレスの上から黒のジャケットを羽織っている。
ただでさえ、デカカップだというのに、着やせして見える服装だ。正面から見ているルイスから見れば、Fカップではなく、Hカップに見えているであろう。
大きなおっぱいはそれだけで男を惑わせる。つい「チッ!」と舌打ちしてしまった。
(それがしを見習え! 愚か者がっ!)
シュバルツは修行の果てに行きついた。女性の色香に惑わされぬようになった。
もし女性に「シュバルツくんはどれくらいのサイズが好き?」と問われれば、「それがしは惚れた女が好きであって、胸のサイズで決めることはない!」と力強く言えるようになった。
その思いに偽りはない。元カノのおっぱいはおしとやかサイズだ。あのおっぱいにむしゃぶりつきたいと毎夜、思っている。
だが、それでは元カノと一緒に底なし沼に沈んでしまうだけだ。シュバルツは言い訳を作りつつ、今までの元カノからの猛アタックを潜り抜けてきた。これも修行の成果と言えた。
(おっと……彼女のことは今は横に置いてだ……。しかし、こいつら……。いったい、いつになったら盛り上がるのだ?)
シュバルツの思考が横に飛んだ原因はちゃんとある。眼下にいる男女がもじもじとして、なかなか言葉を紡ぎださなかったからだ。
ルイスは24歳、ナタリーは21歳という情報を仕入れている。
彼らの歳を考えれば、こんな10代前半の甘酸っぱい青春の香りを漂わせていては、見てるこっちが困る。
このままでは、それでいったん、話はお持ち帰りとなってしまうだろう。そうなれば、あの時は気の迷いだったという結論が出てもおかしくはない。
(ここはそれがしがお節介しよう……)
シュバルツはユウナ・ノワールからの依頼のことなど、すっかり、頭から抜け落ちていた。それほどまでに初々しい2人の姿を見せつけられたせいでもあった。
シュバルツは天井裏を音も立てずに移動する。天井板を横にずらす。そうした後、またもや音もなく、部屋の中へと素早く降りた。
シュバルツは今、ルイスの後ろにいる。身体をかがめ、股間とわかめふんどしの隙間に手を突っ込む。
そこから長細い竹筒を取り出した。その先端をルイスの方へ向ける。竹筒のお尻にプッ! と勢いよく口で空気を送り込む。
シュバルツが手にしていたのは吹矢だった。金属製の針が狙い通り、ルイスの首筋に当たる。
「あっ……ふん……」
針には睡眠薬が塗ってある。薬の効果によって、ルイスは眠ってしまった。ソファーに座ったまま、頭だけを下へと向ける格好となっている。
「どうしましたの?」
テーブルを挟んで向こう側に座っているナタリーが心配そうな声でルイスに話しかけている。シュバルツは唇に指を当てつつ、さらに口寄せの術を発動させた。
「いえ、ナタリーさんがあまりにも美しくて、直視できません!」
「えっ!?」
ナタリーは恥ずかしそうに胸の前で腕を組んでいる。ナタリーの様子から見るに、着やせして見えるのがわかっていながら、彼女は青のドレスの上から黒のジャケットを羽織って、この場にやってきたのだ。
あれはルイスに見てほしいがゆえの格好だ。シュバルツはニヤリと口の端を上げた。
(これはナタリーの方も脈ありだな?)
これならば、話は早い。この機を逃さず、次に繋がる約束をするだけだ。たわいない会話を少しした後、デートの申し込みを滑り込ませるだけの簡単な仕事だった。
シュバルツは口寄せの術を使い、ルイス役を演じた。
「ナタリーさん。貴女のご実家の事情はわかっています」
「は……い」
ナタリーの声が思い切り沈んだ。だが、これはわざとそうさせたのだ。自分が誠実な男であると刷り込ませるための布石だ。
「親父のことは関係ありません。俺は相手がナタリーさんでよかったと思っています」
「私もルイスさんでよかったと思っています」
ナタリーの表情が緊張から解放されたのを視認できた。あとは仕込みを丁寧にやっていくだけだ。
「ナタリーさん。よろしければ、ナタリーと呼び捨てさせてもらっていいですか?」
「えっ!? いきなりですか? あの……、じゃあ、私もルイス……って呼んでもいいの?」
「もちろんです、ナタリー」
「嬉しい……ルイス……」
これぞ、ニンジャの口説き術だ。情報を手に入れるためには、この手の籠絡術は必ず身につけなければならない。過酷な修行の果てに手に入れた忍術だ。
シュバルツは誇らしい気持ちになっていた。後はデートの約束を取り付けるだけとなる。
「明日、デートをしませんか?」
「いきなりですわね?」
「ええ、それだけ、貴女が魅力的だからです。どうでしょう? 舞踏会にお誘いしてもよろしいですか?」
「も、もちろん! でも、今から準備しないと、間に合いませんわ」
話を進めすぎた。これは反省しなくてはならない。この場に元カノがいたら、一発、パーンと頬を叩かれていても仕方がないと思えた。
女性はなにをやるにしても、とにかく準備が必要だ。それも好意的に思っている男のためならば、入念に肌の手入れや着ていくドレスを慎重に選ばなければならない。
そうだというのに、シュバルツはそこを失念して、ナタリーに舞踏会デートを約束させてしまった。
(すまぬな、ナタリー。だが、こうでもしないと、キミたちの仲が発展していくようには思えなかったのだ)
シュバルツは心の中でナタリーに謝罪しつつも次の手に出る。眠っているルイスに代わって、自分がナタリーを見送らなければならない。
「あーーーっ! あんなところに季節外れの空飛ぶ魔法使いが!」
「えっ? どこですの!?」
ナタリーはこちらの口車に乗せられて、身体を庭の方へと向けてくれた。
その隙にルイスをソファーの後ろ側へと移動させた。さらにはルイスの着ている服をはぎ取り、素早くそれを着込んだ。
「何も飛んでませんことよ?」
ナタリーは残念といった表情でこちらへと身体を向けてきた。そんな彼女の眉間に皺がみるみるうちに出来上がっていくのを見た。
「えっと……ルイス……?
確認するようにナタリーが問うてきた。だが、ルイスに変装したシュバルツは彼女に動揺をまったく見せなかった。
ルイスから奪った貴族の礼服を見事に着こなしていると自負している。そして、顔はニンジャマスクで隠れている。
これでナタリーから見れば、自分はルイス・ブランに見えるはずだと、そう考えた。
「自分はルイスです。見間違いではありませんよ」
「はぁ……でも、覆面姿も似合ってますわ」
ナタリーがうっとりとした表情でこちらを見ている。シュバルツは心の中で、うんうんと満足げに頷く。
ルイス本人に代わり、シュバルツはナタリーを見送る。ナタリーは父親とともに、屋敷から退出していく。
「なあ、息子よ……。なんで、ニンジャマスクを被っているのだ?」
「あの凶悪的なおっぱいを見ているだけで、鼻の下が伸びきってしまったからですよ、父上」
「はぁ……まあ、言わんとしてることはわかる。明日の舞踏会、しっかり、ナタリー嬢をエスコートしてやるんだぞ」
「もちろんです、父上。では、自分は準備に取り掛かります」
ルイスの父親がこの場から去ったのを確認した後、自分はお見合い会場へと戻る。そこで、礼服を脱ぎ、いまだに寝ているルイス本人へとその礼服を着させた。
さらにはソファーの上へと彼を移動させた。そうした後、お見合い会場となっていた部屋の隅にある机の上にペンとインクがあるのを発見した。
「どれ……ルイスにはナタリーとの
わかめふんどしの隙間から紹介状を取り出す。これはハスキーが用意してくれたものだ。それを裏返し、何も書かれていない裏面にナタリーとのやり取りを書いていく。
これまでの
それが風で飛ばされないようにと、重り代わりとしてクナイを紙の上に置く。
そうした後、シュバルツは音もなく跳躍し、天井に空いた穴へと消える……。