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第4話:ブラン邸(1)

(さて、侵入は成功した。だが、問題はここからだ!)


 勝手口から入った先にはいろいろな物が所せましと置かれていた。


 かごが山積みとなっており、そこにはジャガイモやニンジンなどの根野菜がこれでもかと入れられていた。棚にはざるが置かれ、リンゴがいくつか乗っている。


 ここは外と違って、空気がひんやりとしていた。土間のために野菜類を置いておくのに適している。


 その土間を抜けて、屋敷の奥へと進む。板張りの廊下へと出た。伯爵家なのに、飾った雰囲気が少なめの屋敷内だ。これぞ貴族の屋敷だという主張は抑えられている。


(質実剛健……この屋敷のあるじの性格が表れているのであろう)


 辺りを見回しながら、音を立てずに廊下を歩いていく。庭園と繋がっているあの部屋までは、予想の上で言わせてもらえば、こちらの方角であっているはずだ。


 シュバルツはまっすぐにお見合い会場と思わしき部屋へと進んでいく。だが、ここで前方から足音が聞こえてきた。音から察するに2人だ。


(まずいな……ここはいったん隠れよう)


 シュバルツは昆布の隙間に手を突っ込んで、先ほど、ムササビの術で使った布を取り出す。


 木製の壁に背中をくっつける。さらには両腕を大きく広げて、手に持つ布で自分の身体を覆い隠す。


 布の表面の色が変わる。瞬く間に壁の色合いと布のそれが同化した。


(これぞ、隠れ身の術! 彼女には感謝せねばなっ!)


 通常の布であれば、こんな現象は起きない。だが、シュバルツが使っている布は元カノに頼んで、錬金合成してもらったものだ。


 彼女の錬金術の腕前はマスタークラスだ。隠れ身の術に適した強化を施されている。


 だが、せっかく隠れたというのに、シュバルツの向かう先から、こちら側に歩いてきた2人が、シュバルツの前で立ち止まってしまう。


 その2人はメイドであった。エプロン姿のためにそれがすぐわかる。さらにはそのメイドたちがため息をついている。


 シュバルツはどきどきと鼓動が早まってしまう。早くあっちにいってくれと願うが、メイドたちは呑気におしゃべりを開始した。


「ルイス様、なんで格が劣る子爵家の娘と縁談してるの……」

「あたし、狙ってたんだけどなー」


 ピンク髪と青髪のメイドたちがため息をつきながら、この屋敷でおこなわれているお見合いについて、ああでもないこうでもないと話している。


「髪や肌のお手入れは毎日欠かさなかったんだけどなー」

「ほんとそれ。あたしなんて、香水を変えてみたりしたのよね」


 シュバルツはむずがゆさを覚えた。女子トークにツッコミを入れたくなるのは男のさがだ。彼女たちはただ他愛のないことをしゃべり合って、共感を得たいだけなのにだ。


 シュバルツはただじっと堪える。男がそんなことでなびくわけがなかろう! と言ってやりたい気持ちをぐっと抑える。


「子爵家の商売が傾いたのをいいことに、旦那様がその商売の手助けの名目でナタリー様を迎え入れるってのがなー」

「ほんとねー。あたし、庶民の出でよかったかもー。恋愛結婚したいしー」


 ユウナ・ノワールの言う通り、政略結婚の色が強い縁談であることを知る。「むむ……」と口から漏らしてしまう。


 だが、こちらの様子に気付くことなく、メイドたちが話を続けている。


「でも、いいかなー。ルイス様本人は乗り気だしー」

「うん、そこよね。最初は政略結婚か、ルイス様、かわいそーって同情してたけど」

「応援しちゃうかー」

「そうだねー」


 メイドたちはようやくおしゃべりをやめて、その場から移動していく。シュバルツはホッと安堵した。彼女たちが廊下の角を曲がるのを視認した後、身体を隠している布をしまう。


(なるほど……ルイスは乗り気か。ならば、ナタリーにとってはそれほど不幸とは言えない。だが、まだ情報が足りぬ)


 シュバルツはナタリーがルイスのことをどう思っているかが気がかりであった。それを確認するためにもお見合い会場へと向かう。


 しかし、まっすぐには向かわない。途中にあった部屋の中の気配を探る。誰もいないことを察知し、静かにドアを開けて、部屋の中へと入った。


 そこで、ひとつ「ふぅ~~~」と長く息を吐き、身体の緊張感を解いた。先ほどは危なかった。首を回すとごきごきと骨が鳴る音が聞こえてきた。


「さてと……ここからは天井裏に入ろう」


 シュバルツは部屋の天井を見る。予想通り、板張りだ。部屋にある机の上に乗る。そこから天井へと手を伸ばす。


 手をぐりぐりと左右に動かすと、天井板が外れた。思わず、ニヤリと口角を上げてしまった。


 多少の誤算はあったが、ここまでの運びは完璧に近い。天井に空いた穴へと身体をすっぽりと入れようとした。


「うお!? 昆布がひっかかってしまったぞ!?」


 シュバルツは慌てふためくことになった。普段は股間を楓の葉で隠している。そのため、いつもと違うことをすっかり忘れていた。昆布は予想以上に厚みをもっていた。


「ふんぬぅ!」


 両腕に力を込める。だが、なかなかに腰の部分が穴を抜けない。これは予想外のハプニングとなった。


 こういう時こそ、冷静にならなければならない。腕を胸の前で組む。首を傾げて、頭を捻る。


(こういう時は……そうだ! 油だ!)


 シュバルツは虚空に手を突っ込む。その先でごそごそと漁る。手が瓶を掴んだ。それをこちら側へと引っこ抜く。


「おや? これは油ではない……な?」


 天井裏は真っ暗だ。なのに瓶の中でたゆたう液体がほのかに光っている。光源がないというのに、瓶の中の液体がピンク色なのがわかる。


「う~~~む。何の薬だった……かな?」


 シュバルツは記憶を辿る。元カノの顔が浮かんでは消えていく。現在21歳だというのに幼さを感じさせる彼女の顔を。シュバルツは「むふふ……」と気持ち悪い声を出してしまう。


「油がベストであったが、この薬でも問題あるまい!」


 瓶のコルク栓を手で軽く捻り、スポンと抜く。お腹に空腹感を呼び起こす匂いが瓶の中から漂ってきた。


 シュバルツはひと口、ピンク色の液体を飲んだ。チェリーの爽やかで甘い味が舌をほどよく刺激してくれる。


「もったいないが、腹に背は変えられぬ」


 瓶の口を昆布に当てる。ゆっくりと液体を昆布に染み込ませた。みるみるうちに昆布の締め付けが緩まった。それに合わせて、両腕に力を込める。


 すると、昆布がスポンと抜けた。つっかえるものがなくなったため、シュバルツは下半身も天井裏へと移動させることに成功した。


 虚空に手を突っ込み、今度は鉤繩かぎなわを取り出す。それを天井裏から部屋へとするする下ろしていく。机の上に落ちた昆布を鉤の部分でひっかけて拾い上げた。


 昆布を回収した後、下半身がスースーすることに気づいた。


「これでは丸出しだ。昆布はしばらく使えぬ。ならば、別の物で隠しておかなければなっ」


 シュバルツは虚空に手を突っ込んだ。あくまでもドレスコードを守らなければならない。シュバルツが取り出したのはわかめであった。


 昆布と同じ海藻類だ。わかめをふんどしにした。締め具合は昆布と比べれば、いささか不安感を感じる。


(ううむ……ふにゃっとしすぎている。だが、そうも言ってられん。わかめで我慢しようではないかっ)


 シュバルツは気を取り直し、天井裏を移動していく。だが、わかめの締め付け具合が足りぬため、数歩動くたびに、わかめふんどしがずれてくる。


(くそっ! これは困ったぞ!?)


 シュバルツの移動速度は目に見えて落ちていた。歯がゆい気持ちになりながらも、お見合い会場と思わしき場所の天井裏へと移動していく……。


(だあああ! どうにも股間が落ち着かぬ!)


 シュバルツはすっかり昆布ふんどしの虜になってしまっていた。わかめふんどしが気になって仕方がない。虚空の先から縄を取り出す。その繩でわかめをしっかり、股間に固定した。


(よしっ、これでよかろう!)


 シュバルツの試みはうまくいった。天井裏をスムーズに移動できるようになった。シュバルツは意気揚々と真っ暗な天井裏を突き進む……。

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