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第3話:ニンジャの礼服

 シュバルツは歓楽街を抜けて住宅街へと戻る。さらにその奥にある富裕層の屋敷が立ち並ぶところまできた。


 そんなシュバルツの横を1台の箱馬車が通り過ぎていく。その窓からは20代の女性が乗っていることが確認できた。


 直感がささやいた。この女性はナタリー・ヴィオレであろうと。箱馬車の装飾からして、乗っているのは貴族であるに違いない。


 路地裏にいったん隠れる。楓の葉と股間の隙間に手を突っ込み、紹介状を取り出した。ハスキーが書いてくれたものだ。インクはすっかり乾いている。


「ふむ……ちゃんと自分のことを紹介してくれるようだ」


 紹介状にはこう書かれていた。


――股間を昆布で隠し、胸には楓の葉を添えたニンジャがルイス・ブランを訪ねる。


 あとは色々と書かれていた。最後にハスキー・フランダールと署名されていた。紹介状を股間の隙間へとしまい込む。


「服装の指定か……これはドレスコード……だな?」


 ブラン邸へ正面から入るにはきちんとした格好でないといけいない。今、自分は股間を楓の葉1枚で隠している姿だ。


 しかし、それではいけないと、ハスキーがそれとなく教えてくれていた。


 もう一度、股間の隙間に手を突っ込む。まずは昆布を取り出した。股間の楓の葉をどかし、昆布をふんどしのように巻き付けた。


 次に昆布の隙間から小さい楓の葉を2枚取り出した。それで左右の乳首を隠した。


「ふぉぉぉ……これが貴族に対する礼装!」


 なんだか新しい快感が芽生えそうであった。昆布の締め付けが気持ちを引き締めてくれる。秋風から紅葉が乳首をガードしてくれているので、身体全体で感じる外気も柔らかく感じた。


 秋に合わせたコーディネートだ、今のシュバルツの格好は。自信が溢れてくる。路地裏から表の道へと出る。


(恐怖をまったく感じない! これぞ、絶対的な無敵感!)


 歩くたびに自信が身体から満ち溢れてくる。自然と背筋が伸びた。堂々とした姿でブラン邸へと進んでいく。


 ブラン家の屋敷が見えてきた。衛兵たちが「なんだ!?」と自分のことを指差してきた。昆布の隙間に手を突っ込み、ハスキーに書いてもらった紹介状を取り出す。


 だが、ここで思わぬ誤算が起きた……。


 なんと、ドレスコードを守っているはずのシュバルツに対して、衛兵たちがこちらに槍の穂先を突き付けてきたのだ。


「怪しい者ではないっ」


 シュバルツは紹介状を衛兵たちに突き付けた。衛兵たちの顔にはありありと困惑の色が出ているのを見て取れる。「勝ったな……」とシュバルツは思った。


 だが、顔面近くに槍の穂先を持ってこられた。彼らはがたがたぶるぶると震えている。


 どうやら、紹介状に署名されているハスキー・フランダールの名が効きすぎたかのように見えた。


「止まれ! それ以上、動きを見せるなっ!」

「なに……?」


 衛兵が恐怖しているように見えた。何をそんなに怯えているのか、こちらとしては不思議でたまらない。


 彼らを安心させようと、ニンジャであるあかしにもなるクナイを取り出すために空いた手を昆布の隙間に手を突っ込もうとした。


 その瞬間、顔面に向かって、槍を突っ込まれた。身体を捻り、寸でのところで、その槍を躱した。


「何をするのだ! この紹介状が目に入らぬか!」

「怪しい動きをするなと言ったぞ!

「怪しい……だと!? それがしのどこが怪しいというのだ!」


 シュバルツはドレスコードに合わせた格好を衛兵たちに堂々と見せつけた。


 そうであるというのに、より一層、衛兵たちが警戒心を露わにしてきた。「ぐぬぅ……」と唸るしかなかった。


「腰に昆布を巻いているやつを中に入れれるかっ!」

「なん……だと!? これはニンジャの礼服ぞ!」

「知ったことか! 帰れ!」


 とりつくしまもないとはまさにこのことであった。衛兵たちはじりじりとこちらへと近寄ってくる。このままではらちがあかない。押し問答になることは明白だ。


 こうしている間にもナタリー・ヴィオレとルイス・ブランのお見合いは進んでいくであろう。こちらとしても時間がない。


 しかしながら、存外、頭は冷えている。押してダメなら引いてみろという言葉が思い浮かんできた。


「改めて、参上しよう! さらばだ!」

「二度と来るんじゃねえぞ!」


 まったくもって相手にならない。いったいぜんたい、どういう教育をされてきたのかと問いたくなったが、衛兵たちとこれ以上、遊んでいる時間などなかった。


 衛兵たちの視線が切れるところまできた。シュバルツは素早く路地裏に入る。着替えをする時間も惜しい。


 正面突破がダメならば、もうひとつのルートを選ぶことになるだけだ。シュバルツはこのままの格好で生垣を飛び越える。


 そこは芝生が敷き詰められた庭であった。芝生はよく手入れされている。さすがは貴族の屋敷の庭だ。


 庭を突っ切り、さらに屋敷の屋根に上れば、その先にある邸宅がブラン家の屋敷だ。


「ウゥゥ」


 低い唸り声が聞こえた。番犬の声だ。それも1匹ではない。シュバルツは姿勢を低くしたまま、4匹の黒いスラっとした番犬と対峙することになった。


 番犬たちは自分を取り囲むようにゆっくりと動いてきた。狩猟犬の本能に従っているように見える。


 そうでありながら、なかなか襲ってこない。


(よく訓練された番犬だ。だが、それがお前たちの悲しいさがだ!)


 シュバルツは素早く動く。その場で立ち上がり、九字護身法くじごしんほうの印を右手で切る。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 金縛りの術!」

「キャウン!」

「すまぬ……これも仕事でな?」


 4匹の番犬は細かく身体を震えさせていた。しかし、それ以上は動けぬようだった。シュバルツは犬たちの間を音もなく歩く。犬たちの驚く顔を横目で見ながらだ。


 庭を堂々と突っ切り、屋敷の壁の前へとやってきた。表面を黒と茶のレンガで装飾している。こういうタイプの壁をよじ登るのにうってつけの装備がある。


 昆布の隙間に手を突っ込み、そこから鈎爪カギヅメをふたつ取り出した。それを両手に装備する。


 これは攻撃用の鈎爪ではない。その証拠に爪の先端がL字に折れ曲がっている。


 それはレンガのような隙間があるタイプの壁をよじ登るのに適した形をしていた。潜入用の鈎爪だ。両腕をシャカシャカと動かし、みるみるうちに屋敷の屋根へと到達できた。


「ふっ……それがしはニンジャマスター。これくらいの障害など、屁でもないっ!」


 シュバルツは鈎爪を昆布の隙間に仕舞う。そうした後、自由になった手でパチンッと音を鳴らす。眼下に見える番犬たちが腰砕けになって、その場でへたり込むのが見えた。


「今度はすぐに襲い掛かってこい。格上を前にして、時間をいたずらに費やしたのが、お前たちの敗因だ」


 シュバルツは番犬たちから視線を移動させる。屋根の上から隣のブラン家の屋敷を見た。じっくりと観察し、屋敷の造りと衛兵たちの位置を確認する。


「庭園があり、その庭園と接しているあの部屋。あそこからヒトの気配を感じる……な。3~4人といったところか?」


 ほぼ全裸のシュバルツだからこそ出来る芸当であった。かなりの距離が空いている。だがシュバルツには関係ない。


 シュバルツは目に映る屋敷のヒトの動きを素肌で敏感に感じ取っていた。


 右胸の筋肉がぴくりと動く。それと同時に屋敷にも動きが見えた。中年の男2人が庭園へと出てきた。着ている服は貴族が好んで着る礼装であった。


 この情報を元に、彼らが出てきた庭に面したあの部屋がお見合いがおこなわれている客間だと推定した。


 あの部屋にたどり着くまでのルートをじっくりと考える。急がば回れという言葉に従った。このまま庭園へと飛び降りるのはリスクが高すぎた。


 回り道をしたほうが良いと直感がそうささやいてくる。その直感に従った。屋根の上からは使用人たちが屋敷を出入りするための勝手口が見えた。


「あそこから屋敷内へ侵入しよう……」


 シュバルツはすぐさま行動に移った。屋根の上から跳躍する。それと同時に昆布の隙間へと手を突っ込み、そこから大きな布を取り出した。それを両手、両足の指で布の四隅を掴む。


 布は下からの風を受けて、船の帆のように大きく膨らんだ。


「ムササビの術!」


 シュバルツはゆっくりと地面に向かって降りていく。音もなく、ブラン邸の敷地内に着地する。


 流れるような動きで勝手口のドアへと張り付く。素肌センサーでは勝手口の向こう側にヒトがいる気配はしなかった。そっとドアを開けて、屋敷内に侵入した……。

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