「シュバルツのバカ! なんでわかってくれないの! その
「やめろ! これを取られたら、それがしはすっぽんぽんではないか!」
「ふんっ! じゃあ、ニンジャマスクもはぎ取ってあげるわよ!」
ニンジャマスターのシュバルツはたまらず錬金部屋から飛び出す。元カノの怒りが収まらない。彼女は錬金術マスターで、錬金合成の真っ最中だった。
悪いのはシュバルツであった。元カノはパーティ仲間の武器を強化するべく、錬金合成を
だが、元カノは作業の邪魔だと言ってきた。むっとしてしまい、素人なのに錬金術についてのうんちくを語ってしまった。それが余計に彼女を怒らせた……。
(最初は和気あいあいと楽しくやっていたのだが……)
シュバルツはじっと手を見る。ロストして失ってしまったものを取り返そうとする元カノ。だが、自分は違う。手を握り込んだ。だが、その手は冷たい。
(取り戻すだけではダメなのだ。それがしは変えたいのだ……)
手に力を入れようとも、熱は湧き上がってはこなかった。シュバルツは首を左右に振って、ロスト事件のことを振り払う。
錬金部屋のドアの前から立ち去り、さらには宿屋の外まで歩いていく。
秋晴れの気持ちのいい風が吹いている。10月も終わりを迎えようとしている。ふと、空を見上げた。その風に吹かれるようにひつじ雲が移動していく。
(変化がほしいのだ。それも二人の仲を劇的に変えるものが……)
シュバルツは街を歩く。股間を楓の葉1枚で隠した姿でだ。その他には、ニンジャマスクで顔を覆っている。
街行く人々もこの姿に慣れてくれたのか、こちらに視線を注目させてくることもない。
ぼーっとしながら街を散策した。シュバルツが所属するパーティは今日から三日間、休息日となっている。
歩きながら、シュバルツは先ほどのことを振り返る。シュバルツは元カノとの仲を発展させようと、朝から彼女とともに錬金部屋へと入った。そこでシュバルツは彼女の作業の手伝いをしていた。
だが、シュバルツは要らぬことを言った。「あいつのためにそこまで力を入れなくてもいいのではないか?」とやきもちを焼いてしまった……。その一言が喧嘩の発端となった。
(彼女を激昂させることになった……口を滑らせたと自分でもわかっていたのだ!)
シュバルツは足を止めた。気分転換のために街中を散策しているというのに、どうしても元カノとのことを考えてしまう。眉間に皺を寄せて、彼女の姿を思い返す。
元カノは
その情景を思い出すことで右手にじんわりと熱が帯びた。
この右手で元カノの整った鼻を優しくなぞり、さらには柔らかな唇へと押し当てた。彼女はキスをしてほしそうな顔をしていた。
潤んだ
元カノがそっと唇を差し出してきてくれたのを思い出す。それこそ邪念だとばかりに首を強めに左右に振った。
(彼女はそれがしを求めてくれる。だが……それがしは元に戻りたいわけではない)
今月の前半に元カノと再会し、縁もあって、パーティを再結成した。だが、その当時、彼女はパーティ仲間のサムライの男にホの字であることをすぐに察した。
それから紆余曲折があって、元カノはシュバルツを求めるようになった。それは彼女の心の中にぽっかり空いた穴を埋めるためのものだとすぐに察した。
だからこそ、スイートルームで同衾はしても、キスまでで止めている。
(それがしも彼女のことを想っている。だが……違うのだ。それがしはその先に進みたい)
シュバルツはどうすれば、元カノにそう伝えられるのだろうかと、ここ最近、思い悩んでいた。だが、なかなか解決方法が思い浮かばない。
シュバルツはいつの間にかアクセサリーショップが並ぶショッピング通りにまでたどり着いていた。アクセサリーショップの店先にはペアリングが置かれていた。
そのペアリングを目にした瞬間、シュバルツに天啓が降りた。彼は引き寄せられるようにそのお店へと向かう。
そして、キラキラと輝くペアリングに注目した。金色に輝く二つの指輪がガラスケースの中で鎮座している。宝石の類はついていない。だが、シンプルでありながらもその造形に目を奪われた。
「何か買われていきますかー?」
アクセサリーショップにふさわしい格好をした女性店員がこちらに声をかけてきた。シュバルツはそちらに顔を向けずに、自分が今、見ているペアリングの説明をしてもらう。
「ふむ。婚約指輪にも使えるタイプか……」
「そうですねー。そこまで重く考えずに、2人の絆を深めるためでも良いと思いますよー。2人の初めてを記念するとかそういう用途などー?」
なるほど……とシュバルツは思ってしまう。記念となる
シュバルツは元カノの姿を思い起こす。彼女にこの指輪を渡す。すると、彼女は涙を流す。その涙を優しく口で吸って、そのまま、彼女と口づけをする。
さらには彼女を肩を抱き、ほっぺたをくっつけながら宿屋のスイートルームに入る。
あとは彼女の
シュバルツの頭の中で「リーンゴーン♪」という教会の鐘が鳴る音がした。
シュバルツはニヤリと口角を上げた。計画は完璧だ。穴のひとつも見つからない。
「ふむ。これが良い!」
「300万ゴリアテになりまーす!」
「へっ? 聞き間違いかな?」
「間違っていませんよー。300万ゴリアテでーす!」
300万ゴリアテ……。シュバルツは顎に手を当てて、じっくりと考えた。300万ゴリアテと言えば、ダンジョンに潜らなくても2~3年は生活できる。
もう一度、改めて、女性店員の顔を見た。彼女はニコニコと笑顔だ。こちらの顔が引きつってしまうほどだ……。
◆ ◆ ◆
「またのお越しをお待ちしておりまーす」
結局、何も買わずにアクセサリーショップを後にした。いくら元カノとの仲を発展させるためとはいえ、300万ゴリアテは高すぎた。
肩を落とし、とぼとぼと歩きながら、アクセサリーショップが並ぶ通りを抜けていく。
すると、次に見えた建物で、シュバルツは足を止めた。そこは冒険者ギルドであった。木と石のバランスが良い暖色に彩られた建物だ。シュバルツは冒険者ギルドの中へと足を運ぶ。
目指すは冒険者ギルドのボードであった。そこには様々な依頼書が貼られている。ペアリングの代金である300万ゴリアテの足しになる依頼がないかチェックした。
シュバルツは思わず、怪訝な表情になった。張り紙の一枚に注目した。まるで創造主が用意したかのような条件が書かれていた。
「恋のお悩み相談……条件はニンジャ、特に隠密活動に長けているニンジャマスター募集……だと!? そしてなんと、報酬は300万ゴリアテ! ちょっと待て、いくらなんでも出来すぎだろう!?」
正直に言えば、罠だと思えた。だが、ここまで自分の要望と向こうが提示する条件と報酬が合致している依頼など、めったなことではお目にかかれない。
震える手で、その依頼書をボードから剥がした。目を凝らして、もう一度、依頼書を隅々まで読んでみた。
何か嫌な予感をこの時点でひしひしと感じていた。だが、この依頼を逃す手もないのが今のシュバルツだ。
シュバルツは受付に向かう。そこで「この依頼を受ける」と告げると、受付のお姉さんから「では、依頼人のお屋敷の場所を教えます」と返された。
眉間に深い皺を刻んだまま、依頼書を手に、その屋敷へと向かう。その依頼書を衛兵や、屋敷の入り口で出迎えてくれた執事に見せた。すると、すんなり応接間へと案内されてしまう。
案内された部屋で依頼人と思わしき人物が開口一番、こちらに向かって、けたたましく怒鳴り散らしてくる。
「僕のほうが先に好きになったのに! あいつめ……あいつめーーー!」
シュバルツは小太りの若者を前にして愕然とした……。
選んだ依頼を間違えたことに気づいたが、後の祭りであった……。