目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第二十二話 平和は一瞬で……

 この城にやってきてから三日が経過した。

 そのあいだ私たちが何をしていたかというと、戦いの準備を始めていた。

 セリーヌはこの結界の中に現れる魔物を捕まえてまわり、私は私で城の周囲に罠を張り巡らしていた。


 どうやってかは分からないが、書庫の中にあった本を読んだ限りだと、この城が戦場になったのは事実だ。

 セリーヌは魔物を捕まえ続け、シュトラウスはそのお守りをしている。

 私には戦いに向けてすることは特にない。

 いまさら短期間で強くなるような段階でもなければ、どこかダメージを負っているわけでもない。

 まあ簡単に言ってしまえば暇なのだ。


「もしもに備えて要塞化しておくに越したことはないわね」


 私は城の庭に立ち、地面に両手を当てて不思議を埋め込む。

 やはり細工をするなら足元だ。

 他にも勝手に動き出す門や、踏んだものの足首を引きちぎる木の根など、実に様々な罠を張り巡らした。

 発動条件は、不思議を持たない者が侵入したときだ。


 王都ヘディナが不思議の一切ない要塞だというのなら、こちらは不思議の根城というわけだ。

 そもそもが吸血鬼たちの城であるこのヴァングレイザー城は、不思議を用いた仕掛けが施しやすい。

 建物の壁や床、はたまた庭の土に至るまで、不思議が溶け込んでいて馴染んでいる。


「こんなところかしら?」


 私は久しぶりにかいた汗を拭き取り、遠くに見えるセリーヌとシュトラウスを眺めていた。

 この空間は時間に限らず、常に薄暗い場所で時間間隔がなくなってしまうが、一応は朝のはずである。


 どうやらセリーヌは魔物をゲットする効率のいい方法を見つけたらしく、それを実践している。

 それは早朝にまだ眠っている魔物に奇襲をかけて、相手が反応できないうちに使役する魔法をかけてしまうというもの。

 まさに寝込みを襲うわけなのだが、これが驚くほどに効果的でこの城近辺の魔物をバシバシ捕まえている。


「リーゼ! ここの魔物って独特で面白いね」


 こちらに向かって走ってくるセリーヌが大声で叫ぶ。

 彼女が乗っているのは、つい先ほど捕まえた魔物だろう。

 大きなゾウのような魔物で、なんでか分からないが長い鼻が二股に別れている。

 それ以外は本当にただのゾウのようにしか見えず、特別強そうな雰囲気は感じないが、単純にこの図体の魔物が暴れたらそれなりに厄介だろう。


「ここは外界と隔離されているからな。独自の生態系があるのかもしれんな」


 シュトラウスもゾウのような魔物の上にまたがっている。

 外界から隔絶された土地には、独自の生態系が育つ。

 ここの異質さはある種の武器となりえる。


「ここの魔物をすべてぶつければ勝てるんじゃないの?」


 そんな気にさせるほどに、ここの魔物は独特だ。

 情報のない中で、巨大な魔物と戦うのは人間には荷が重いだろう。


「そんな簡単にいけばいいがな……」


 シュトラウスはやや渋い顔をして魔物の背から降りる。

 だけどこの三日間でセリーヌが入手した魔物の数は、それこそ五〇匹はいるだろう。

 どれもがヘディナの連中からしたら初見の魔物。

 じゅうぶん通用しそうに感じるのは、私の認識が甘いのだろうか?


「ねえ二人とも、空を見て!」


 突然セリーヌが叫ぶ。

 私とシュトラウスは同時に満月を見上げる。

 そこに輝いていた月は欠けていて、半分が漆黒の闇に侵食されていた。


「なにあれ?」

「クソ! もう来やがったのか! リーゼ!」


 首を傾げる私とは対照的に、シュトラウスは舌打ちをして私にしゃがむように要求した。

 私は彼の様子から事態を察し、要求通りにしゃがみ込み首筋を晒す。

 彼の歯がいつものようにゆっくりと首筋に刺さっていく。

 何度もしていることのはずなのに、なぜだか普段と違う気がした。

 私の体はほんのりと火照り、頬が赤くなるのを感じた。


「何が起きたの?」


 セリーヌは血を吸い終わったシュトラウスに尋ねる。

 彼女だけはまだ事態を把握していないらしい。


「敵襲だよセリーヌ。捕まえた魔物を出す準備でもしておけ」


 魔王の姿に戻ったシュトラウスは翼を生やして中に舞う。

 届くはずがないのに、月に向かって右手を伸ばすシュトラウス。まさかと思えたが彼の手は確かに月に触れていた。

 月の右半分が侵食されていたが、彼が月をひねると徐々にいつもの色が戻ってきた。

 きっとあの月がこの結界のバロメーターとなっているのだろう。


「セリーヌ、城に戻るわよ!」


 私はセリーヌの手を引いて走り始める。

 シュトラウスも気づいているだろうが、きっとこの結界を維持する攻防は分が悪い。

 基本的にからくりに気が付かれた時点で負けだ。

 そうとなれば次の手だ。

 敵が侵入してくることを前提として動くしかない。


「中に入って防御を固めるわよ! いたるところに罠は仕掛けてあるから」

「わかった!」


 セリーヌはそう言って大広間のほうに走っていく。

 中で魔物を大量に呼び出しておくのだろう。

 私は走りながら月を見上げる。

 最初こそ一気に結界の主導権を取り戻していたが、案の定押され始めていた。

 漆黒の闇はもう月の八割を覆っていた。


「もうセリーヌは城の中に戻った! シュトラウスも諦めて中へ!」

「分かってる!」


 シュトラウスは叫び、月から手を離して城の頂上に着地する。

 その瞬間、ガラスが割れたような音が空間全体に響き渡った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?