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第二十一話 書庫と吸血鬼

「ここは?」

「そこは書庫さ」

「入っても?」

「別に構わないが、別段面白くはないぞ?」


 私は部屋の左手にあるドアを開ける。

 中は案の定埃っぽく、書庫というだけあってより埃の量は多い。

 窓もないため、この時間帯では中がよく見えない。

 私は指先を天井に向けて、小さな光源を生み出した。


「吸血鬼も本を読むのね」

「吸血鬼をなんだと思っているんだ? 血を吸う以外は、お前たち魔女や人間とほとんど変わらないぞ?」


 それもそうかと納得し、私はずらりと並んだ本棚を物色し始める。

 書庫と言ってもたいした広さではなく、せいぜいが寝室程度の面積で、見回るのにそこまで時間はかからなかった。

 ぐるっと見回った中で興味を引いたのが、吸血鬼とヴァングレイザー城について書かれた歴史書だ。

 他の本は人間の著者なのだが、この本だけはほとんど日記のようなものなのか吸血鬼が執筆していたらしい。


「読んでみても?」

「懐かしいな」


 シュトラウスはするすると私のとなりにやって来て、懐かしさに頬を緩めた。

 彼は私から本を奪い取り「読んでみても?」と尋ねた私を無視してページをめくり始めた。

 珍しいなと思った。

 彼がここまで興味を示しているのは見たことがない。

 それだけ彼にとってこの場所は特別な場所なのだ。


「悪いリーゼ。奪ってしまった」


 三〇分程経過したころだろうか? シュトラウスはようやく私の存在を思い出したのか、申し訳なさそうに本を私に手渡して書庫を後にした。

 私は不思議に思いつつも、手渡された本をゆっくりと開く。

 ちょうど開いたのは、何度も強く開かれていたせいか跡になっているページだった。

 そこにはシュトラウスの名前が書かれていた。

 そして彼が人間の女性と恋に落ちたことも記されていた。

 こんな個人の情報まで記録されているところを見ると、この本は本当にこの城に関わる者たちの日記のようだった。


「この城の日記ということは、最後はきっと……」


 私は本のページを一気に飛ばし、背表紙から数ページをめくる。

 そこには案の定というべきか、この城の終焉について書かれていた。


「シュトラウスが言っていた吸血鬼狩りっていうのはここね」


 本によると、当時の皇帝がどうやってかわからないがこの場所の結界をこじ開けて侵入してきたらしい。

 そして人間の軍隊と吸血鬼たちの全面戦争が始まった。

 数に勝る人間たちと圧倒的な”個”で戦う吸血鬼たちの争い。

 結果は未来に生きる私が知っている。

 敗れたのは吸血鬼側だった。

 この城に当時残っていた吸血鬼は四十名ほど。それに対して当時の皇帝が用意した軍勢は約五〇〇人。勝敗は明白だった。

 しかもこの本に書かれているのが事実ならば、人間側は次々と援軍が到着し続けていたらしい。


「そして全滅したところで本のページは終わっている……。もう書く者がいなくなってしまったのね」


 私は複雑な気持ちのまま、本を閉じる。


「まあそれはあくまで昔の話だ。それ以降も、この城には吸血鬼が住んでいた。メイストがやって来たのはそのもっとあとの時代だ」


 気づけばシュトラウスが書庫の入口に立っていた。


「そうよね。じゃあこの城の吸血鬼たちは、人間によって狩られた後、今度は魔女メイストによって滅ぼされたのね」

「まあそうなるな。何が言いたい?」

「シュトラウスはそれでも私たちを恨まないのね」


 あらためて不思議に思った。

 いくら彼に人間の恋人がいたからとしても、それでもそう簡単に割り切れるのだろうか? それに私と、今となってはセリーヌも魔女だ。人間とは違う。


「人間は好きだよ。それに魔女だって、我からすればリーゼがいるからな」


 私は思わぬタイミングで飛び出してきた言葉に驚く。


「私? 私がいるから魔女は憎まないってこと?」

「ああ。この際だからハッキリ言うが、我はリーゼのことを好きになってしまったようだ」


 あまりにも突然すぎて私は雷に打たれたかのように固まってしまった。

 脳の処理が追いつかない。落ち着け落ち着け……。

 シュトラウスが私を好きと言ったのか?

 私を? こんな気持ち悪い魔眼持ちの私を?


「……私? 私なんて魔眼持ちの魔女よ? 嫌われ者の魔女よ? そんな私のどこが良いの?」

「紫の魔眼は綺麗だし、それに他の者に嫌われているぐらいがちょうどいい。ライバルがいなくなるからな」


 シュトラウスは最後に笑い出した。

 ライバルがいない……。まあそうね、確かにもう私に言い寄ってくる男はいない。

 なるほど確かにシュトラウスと一緒になれたら良いのかもしれない。

 お互いに長寿だし、同じ時間を共有できるとしたらそれはどれだけ素敵なことだろう。


「いますぐどうこうとか考えてる?」

「いやまさか。今までだってほとんど家族みたいに過ごしてきたじゃないか。聞かれたから答えただけで、いまはそれ以上望まないさ」


 シュトラウスは私を安心させるように答えた。

 彼は”いまは”それ以上望まないと言った。

 つまりいつかはということだ。

 確かにいまはそれどころではないのはお互いわかっている。

 しかしこの色々が収まれば、私たちの長い人生を一緒に過ごすのも悪くない。



「遠くない未来に乾杯しない?」

「いいな! 確かこの城に年代物のワインがあったはずだ!」


 シュトラウスはややテンション高めに書庫から出ていった。

 年代物でなくても構わない。どうせ長い年月の中で、勝手に年代物になっているのだから。

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