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第二十話 ヴァングレイザーと吸血鬼

 ヴァングレイザー城に入城した私たちがまず初めに目にしたのは、無数の棺だった。

 その数およそ一〇〇。

 棺は室内ではなく、中庭のような場所に綺麗に並べられていて、まるで庭そのものが巨大な墓地のような気さえしてくる。

 しかも恐ろしいことに、ほとんどの棺の蓋があいていた。


「これは? もしかして墓石の代わり?」

「まあそんなところだな」


 棺の並びを眺めるシュトラウスの背中はいつもより小さく見えた。

 彼からすれば同胞たちの墓地。

 きっと最初はこんなに棺が並ぶことはなかっただろう。

 一つ一つ、どっかの誰かが並べていったのだ。

 最後の一つを並べたであろう彼は、一体どんな気持ちだったのだろう?

 もはや悲しいという感情すら薄れてしまったのかもしれない。


「なんでこんなに蓋があいてるの? ちゃんと閉めなかったの?」

「閉めた! ちゃんと閉めた! なんであいてるんだ?」


 どうやら彼はちゃんと棺の蓋を閉めてからここを後にしたらしい。

 となると考えられるのは、他の何者かがこの場所にやってきて悪戯に棺の蓋をあけまくったぐらいだが、一体誰が? というのと何のために? という疑問が残る。


「あれって中にちゃんといるのかな?」


 セリーヌがしれっと恐ろしいことを言い出した。

 冗談じゃない。

 中にいてくれていないと困ってしまう。


「いやいや、いるに決まってるだろ。変なことを言うんじゃないぞ」


 そう言ってシュトラウスはあいている棺の中を覗き込む。

 何の反応もないまま静かに隣のあいてる棺にも目を凝らす。

 首を横に振って、そのまま何個も棺を覗きまわり始めた。

 これでは墓場泥棒だ。


「なんてこった」

「どうしたの?」

「中に何もいない! いなくなってる!」

「うん、途中からそんな気はしてた」


 私はため息とともに空を見上げる。

 異様に大きく見える満月と目が合った気がした。


「どこにいったのかしら?」


 私は軽く思案してみたが、それらしい理由を見つけることができなかった。

 だってそうでしょう?

 死んだはずの吸血鬼の死体が集団で忽然と消えたのだ。

 一体誰が説明できる?


「死んだ吸血鬼が独りでに動き出す現象を、我はたった一つだけ知っている」

「それは?」

「影の魔物に堕ちることさ」


 私の脳裏には、メイストとともに私の前に立ち塞がった影の魔物たちが浮かぶ。

 そうか、生きたまま変化するわけじゃないんだ。

 魔女の血を吸い続けた吸血鬼が死んだあと、影の魔物に堕ちてしまう。


「じゃあもしかしてメイストに従っていた彼らは……」

「ああ、十中八九ここにいた者たちだろうな」


 そうか、だからメイストの死体は吸血鬼たちの残滓に飲まれたんだ。シュトラウスが言っていた怒りとは、誘惑して利用したことではなくて、誘惑して殺された恨みなのだ。


 吸血鬼が影の魔物に堕ちる条件は、魔女の血を飲み続けた吸血鬼が”死ぬこと”だ。

 だからこそメイストは吸血鬼を誘惑したのち、影の魔物として利用するために殺し続けたのだ。


「だから言っただろう? 我が影の魔物に堕ちるわけがないと」

「どういうこと?」


 妙に自信ありげな彼の真意が分からなかった。


「我は死なないからだ。少なくとも、我に血を与え続けているリーゼが生きている間は死ぬつもりはないのさ」


 ああそういうことか。

 いくら私の血を吸おうが、私が生きている間に死ぬつもりはないということ。

 死ななければ、影の魔物に堕ちることはない。

 なんてことだ、私は死ぬまで彼を守らなければならなくなってしまった。


「影の魔物に堕ちてもちゃんと飼ってあげるわよ?」

「いよいよ本当にペット扱いだな」


 シュトラウスはクククと笑い、セリーヌに指示を出して正面から左手にある馬小屋らしき場所に馬車を停止させる。

 一応屋根と、風をしのげる壁はかろうじて残っていて、キリンちゃんも早速いつのかわからない藁を食べ始めた。


 私たちは馬車から食料を城の中に運び込むことにした。

 城の錆びついたドアを押し開けると、中はカビとホコリにまみれており、せっかくの内装が台無しとなっている。

 真っすぐ進んだ先に玉座がこちらを向いているが、当然ながら誰も座っていない。

 部屋はやや細長い作りとなっていて、十人は座れそうな長テーブルが部屋の中央に置かれていた。


 私とセリーヌはとりあえず換気をということで、窓を押し開け外の空気を城の中に招き入れる。

 窓を開けたあと、セリーヌの家事魔法で部屋の大掃除が始まった。

 不思議の供給は私の魔眼を通して行い、部屋中に広がった箒やら雑巾やらが、そこら中にはびこっているホコリとカビをものの見事に取り払っていく。

 そして小一時間が経過した頃には、城は本来の輝きを取り戻していた。


「ここに置いとくね」


 セリーヌは馬車からバッグの魔法で食料を一発で運んできており、中身を長テーブルの上に並べていく。

 あと数日は食料に困ることはないだろう。


「こうしてみると綺麗な城ね」


 私はピカピカになった城の内部を見渡す。

 誰も座っていない玉座も元の色を取り戻し、金と赤を基調とした玉座はいっそうの輝きを放っている。

 部屋の壁にはコウモリの刺繍がなされた壁掛けがいたるところにあり、ところどころに動物の生首の剥製が飾られている。

 玉座の背後には螺旋階段が塔のてっぺんまで続いていて、外からの見た目の割にシンプルな構造をしていた。


「しばらくここで籠城ね」

「まあそれが良い。その間に次の一手を考えよう」


 私はシュトラウスの言葉に頷くと、部屋の左手にあるドアに視線を向けた。

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