「そんな提案に乗るわけないでしょう?」
私は必死に自分の中の怒りを抑えて言葉を続ける。
あぶないあぶない。
危うくこの場でこの男を殺してしまうところだった。
「そうだろうか? だがいま断ればお前たちを皆殺しにすると脅してもか?」
「どうやって殺す気なの? 部屋の外に衛兵が十数人いるのは分かっているけれど、吸血鬼と魔女二人がそう簡単にやられると思っているの?」
私はマルケスがなぜここまで自信満々なのかが分からない。
魔王クラスの吸血鬼に、ハルムを退けた魔女。
なぜ勝てるとふんでいる?
「お前こそどうするつもりだリーゼ・ヴァイオレット。王都ヘディナには”不思議”が存在しないのだぞ? それこそこの城に関して言えば、まったくないと言っても過言ではない。不思議がないのにどうやって魔法を使うつもりだ? 魔法が使えない魔女など、ただの女に過ぎん! それにそこの吸血鬼はしばらく血を吸っていないな? 明らかに顔色が悪い。お前たちに戦う手段などあるものか!」
マルケスが語気を強めると同時に突然部屋のドアが開かれ、外から武装した衛兵たちがなだれ込んできた。
全員銃口をこちらに向けて待機している。
皇帝の指示待ちだ。
その光景を見て私は理解した。
ああ……確かにそうだ。
言われてみれば魔女は不思議がなければ魔法は使えず、吸血鬼は貧血では役に立たない。
あまりにも当たり前のことを失念していた。
だからこそ彼はここまで自信を持っているのだ。
今の私たちは牙の抜かれた獅子だと思っているのだろう。
だけど残念だ。
本当の獅子は牙を内に秘めるのだ。
「ごめんなさいねマルケス」
私は一言先に謝罪を口にした。
魔眼を光らせて……。
「お主、一体……なんだ、その目は!?」
マルケスは遅ればせながら私の魔眼に気がついた。
彼は魔女狩りをしていながら、しかしメイストを手に入れてからは彼女に、それまでは部下たちにやらせていたために知らなかったのだ。
私の魔眼、紫の魔眼に違和感をおぼえなかった。
魔女だから、目の色が違うぐらいなんてことないとでも思っていたのかもしれない。
この際だから知っておくがいい、いくら魔女でも瞳の色が”紫”は異常なのだと。
「あら? あれだけ魔女を殺した稀代の殺戮者なのに、魔眼の存在をご存じない?」
「魔眼だと? ふん、目の色が違うだけではないか! 魔眼といえども魔法の類いには違わないだろう? なら不思議がなければなんの意味もない!」
マルケスの憐れな考察力に笑みが止まらない私は、首元のチョーカーに指をあてて一言呟いた。
「力を貸して」
たった一言、そのたった一言で、私たちを取り囲んでいた衛兵たちの銃口が切り落とされた。
部屋の中ではありえないほどの風が吹き荒れる。
「この程度の相手ならこのプレグでじゅうぶんね。速いし」
私はいつのまにか肩に止まっていた鋼色のネズミを撫でる。
強力な魔物が相手では話にならないが、普通の人間相手ならコイツでじゅうぶんだ。
「使い魔だと!? バカな! どうやって魔法を?」
マルケスは明らかに困惑した様子だった。
それもそうだろう。彼の中の、不思議がなければ魔法は使えないという神話が崩れ去ったのだ。
「驚いたかしら? 私のこの紫の魔眼はね、不思議そのものを”生み出す”魔眼。たとえその土地に不思議がなかろうと関係ないわ! 私がいるところに不思議は存在し、私が魔法を使いたい時に不思議は生み出される!」
皇帝マルケスは呆けた様子で私を見つめていた。
視線が交差する。
彼の視線から読み取れるのは、理解できないという感情と、信じたくないという感情。それに恐れと怒りも入り混じっている。
そして徐々にそれらの感情がたった一つのものに集結していった。
明確な”殺意”だ。
不思議を根絶するという野望の前には、私という存在は避けては通れない。
絶対に私を殺さないと、彼の野望は達成できない。
「殺せ! なんとしてでもコイツを殺せ!」
マルケスが叫ぶと、銃を失った衛兵たちが抜刀して迫ってきた。
いまこの場で殺し合いをするのはやや分が悪い。
貧血のシュトラウスはただの子供と大差ない。
セリーヌも直接戦う術はもっていない。そもそも彼女に人殺しをさせるのは……。うん、逃げよう!
「セリーヌ!」
「はいはい! おいで~」
セリーヌは私の合図とともに魔法を発動する。
使う魔法はバッグの魔法。
発動と同時に、中から十数体の魔物たちが一気に出現した。
ここへの道すがら、危険度の低い魔物の巣をこちらから探していろいろ捕まえておいたのだ。
一体一体はそこまで強くはないが、こういう場面で逃げる時の囮には使える。
「危険です! 下がって下さい!」
ありとあらゆる魔物が一気に解き放たれた部屋はパニックに陥る。
衛兵たちはとりあえず皇帝を魔物から遠ざけることに必死だ。
「じゃあねマルケス。今度は殺しにくるわ」
「やれるものならやってみろ! 貴様こそ、震えて眠るがいい!」
マルケスは衛兵に守られながら必死に叫ぶ。
その様に笑みを浮かべながら、バッグの魔法の中にしまっていたキリンちゃんの背中に乗って、部屋から脱出する。
城の入口に向かって一目散に走っていくキリンちゃん。
城の中の兵たちは、急に現われた魔物に驚くばかりで反応できない。
そのあいだにキリンちゃんは、私たち三人を背中に乗せたまま城を突破した。