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第十六話 押し問答


「シュトラウス?」


 私は思わず聞き返した。

 彼が人間に牙を剥くとは思わなかったのだ。

 だって彼が血を吸えなくなったのは、愛した人間の女性の死を見たせいだって……。


「ほう。お主が我が国家の仇敵か」


 マルケスは敵意を隠そうともせずに確認する。

 シュトラウスはその様子を鼻で笑ったあと、皇帝に向き直る。


「その通りだ今生の皇帝よ」


 シュトラウスの纏う雰囲気が変わった気がした。

 まるで私の血を吸ったときと同じような、魔王の姿に戻ったかのような錯覚を覚える。


「理由を聞いても?」


 私は恐る恐る尋ねた。

 とてもじゃないけれど信じられなかった。

 彼がそんな無鉄砲なことをするとは思えない。


「復讐さ。我の復讐の相手は恋人を奪ったハルムだけじゃない。ハルムを呼び寄せるまでに無駄に発達した人間共も復讐の対象だったのさ。我はハルムが襲来することになる以前から、当時の皇帝に警告はしていた。魔物なら我々吸血鬼が始末してやると、共生しようと歩み寄った。だが彼らは我らを拒絶したばかりか、大規模な吸血鬼狩りを行った。今と同じだよリーゼ。人間共は自分たちに都合の悪いものや、理解できないものを拒絶して消し去ろうとする。その傲慢さがハルムを呼び寄せているとも知らずにな!」


 シュトラウスの語気はだんだん荒くなり、最後には叫んだようにも聞こえた。

 そんな彼の話を黙って聞いていたマルケスは、静かに口を開く。


「共生? 我々人間と吸血鬼が? 人間の血を吸う化け物が共生だと? そんなものできるわけがない!」

「当時の皇帝にも同じことを言われたさ。その時にも説明した。別に人間の血を吸わなくても生きていける」


 それは事実だ。

 実際、シュトラウスは何年も人間の血を吸っていない。

 今の彼の主食はウサギの血と、たまに私の血。

 彼だけ特別なのかもしれないけれど、人間の血が生きるための絶対条件ではない。


「そんなもの信じられるわけがない!」

「同じセリフを以前にも聞いた。そう言って当時の皇帝は吸血鬼の皆殺しをはじめた。もちろん我のように生き延びた個体も多いがな」


 マルケスの叫びに冷笑しながらシュトラウスが言葉を被せた。

 だが人間側の言い分も理解できる。

 吸血鬼が血を吸わないと宣言したとて、おいそれとは信じられないだろう。

 吸うか吸わないかの決定権は吸血鬼側にしかなく、やられる側は信じることができないのだ。


「そうしてこの国は真人帝国を名乗り始め、不思議に関係するものは排除する方針を固めたというわけだ。魔女はまだ見た目が人間なのと、人間を襲うわけではないから後回しにされてきたが、今回は魔女すら皆殺しにしようとしている。この国は終わりだよマルケス」


 シュトラウスは静かに警告する。

 この国は終わり。

 私にはこの国がどうなるか分からない。

 この調子で魔女を殺し続けた先に、どんな未来が待っているのだろう?

 そもそも、次にハルムが現われた時、一体彼らはどうやってハルムを消し飛ばすつもりなのだろうか?


「終わり? わけのわからないことを言うな化け物風情が! 我が国は崇高な使命を達成しつつある。不思議などという不確かで曖昧なものから脱却し、真に人間の時代を始める。お前たちが存在しなければ、不思議の王ハルムもきっと現われない」


 皇帝マルケスは自信満々に言い切った。

 私たちを根絶すればハルムは現われない?

 一体どういう意味だ?


「そんなわけないでしょ! ハルムは不思議の王。貴方たち文明を食らう集団的無意識の集合体。人間の文明が発達すればするほど、あれの出現確率は高まる!」


 これは私たちの中ではいわば常識だ。

 ハルムは不思議の王だ。

 文明の発達を許さない。


「逆なのだよリーゼ・ヴァイオレット。お主はいま口にしたな? ハルムは不思議の王で、不思議の集団的無意識だと。つまり簡単な話だ。集団にならないほど、この地から”不思議”を根絶すれば済む話だ! お前たちがいるからハルムは定期的に現れる! 文明に抵抗するだけの力がまだ残っているから出現するのだ。だから我々はその根本である不思議を消し去ることを決めたのだ。最初は吸血鬼からスタートし、次に力の強い魔物の駆除だ。そして今は魔物の駆除と魔女の根絶。ここまで達成されれば、この国にハルムは現われない!」


 マルケスは興奮気味に語る。

 これが彼一人の意思なのかどうかは、正直どうでもよくなっていた。

 この国はシュトラウスに王宮を襲撃されてからの長い時間、不思議の根絶とハルムへの対策を考えてきたのだ。

 もし仮にこの男を殺したところで、どうせ次の皇帝がこの意思を継ぐだろう。

 不思議の根絶は、国の意思なのだ。


「それでメイストに魔女を殺させていたわけね。彼女だけは助けるという餌をぶら下げて……。どうせ他の魔女を殺し終えたらメイストも殺していたくせに」

「そのメイストもお主に殺されたと聞いている。だからワシはお主たちをここに呼んだのだ」

「どういう意味?」


 ここで最初の問答に舞い戻る。

 私が呼ばれた理由はハルムではなかったらしい。

 表向きはそうだったとしても、案の定裏の理由があったのだ。


「ワシがお主を呼んだ理由はただ一つ。メイストの代わりに他の魔女を殺して回ってくれないか? そうすればお主だけは助けてやる」


 私は驚きのあまり硬直してしまった。

 まさかそんな提案をされるとは思わなかった。

 いまさっき、最終的にメイストを殺す予定だったと言っていた男の言葉を信じろと?


「ふざけた提案ね」


 私は自身の怒りに火がついたのを感じた。

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