「どうぞ」
衛兵は私たちの馬車から城門までの左右に並ぶ。
城門は鉄製で、重厚な雰囲気を醸し出していた。
「行くわよ」
私が先陣を切り、セリーヌとシュトラウスは馬車から降りて城門へ向かう。
シュトラウスが出てきた瞬間、衛兵たちは一気に緊張感を高める。
そうか、魔女が来るのは分かっていても、吸血鬼がいるのは想定外なのか。この不思議が失われている街ヘディナで、吸血鬼などありえない存在なのだろう。
重苦しい城門をくぐった先に待っていたのは、鉛色の建物だった。
ヴァラガンで見たようなわかりやすい城ではなく、全体的に四角っぽい建造物でお城らしくないフォルムのまま、お城の高さまでに造り上げられたような違和感を感じる。
中庭らしき部分は王都のお城のくせに狭く、非常に合理的な作りをしているように思える。まるで不思議や神秘を許さないと言いたげだ。
あの皇帝の根城だと思うと、体の芯が熱くなるのを感じた。
「この先で皇帝がお持ちです」
衛兵は一歩前に出て重々しい扉を開く。
ここは三階にある応接室。
ゆっくりと開かれた部屋は意外と広く、細長くまっすぐ続いていて、長テーブルの最奥に彼はいた。
「よく来たな。お前たちは下がっていいぞ」
皇帝は静かなトーンでそう言うと、私たちに着席を促した。
衛兵たちは一瞬だけ不安そうな表情を浮かべたが、皇帝の言うことは絶対なのか、しぶしぶと部屋をあとにする。
「貴方がマルケス?」
「いかにも」
この城と同じくらい重苦しい雰囲気を持ったこの男こそ、現在のこの国を牛耳っている皇帝マルケスだ。
真人帝国エンプライヤの生き字引にして、この国の思想の体現者。
魔女狩りという業を実行し、この国から不思議を消し去ろうとしている親玉だ。
相当な高齢で、おそらく七十を越えているだろう。それでも痩せ細っているわけではなく、しっかりとした肉体を保ちながら一種の威圧感を放っている。
「今回私たちを呼び出した理由を教えてくれるかしら?」
私はとりあえず一番気になっていたことを尋ねた。
そもそも遠路はるばる王都までやってきたのは、この皇帝が出した手紙が原因なのだから。
「いやなに、あの不思議の怪物であるハルムを撃退した魔女のことが気になっただけだ。他意はない」
マルケスはいかにもな表情で答える。
明らかに嘘だとわかる。
そしてこれで私たちを騙そうという気さえない。
嘘を嘘とわかるようにつく者は信用ならない。
「信じろと?」
私の声が普段よりやや低くなった。
自分でもびっくりだ。
どうやら私はこいつに少なからず怒りを感じているらしい。
「ほう。雰囲気が変わったな。恐ろしいね」
マルケスはそう嘯く。
随分と余裕がある。
それもそのはず、ここ王都ヘディナには不思議が存在しない。
不思議が存在しない以上、魔法は使えない。
「挑発的な態度ね皇帝マルケス。いかに偉ぶったところで私から見たらまだまだ坊やよ?」
私はいつも以上に饒舌になる。
やはり怒りが収まらない。
死んでいった同胞たちの顔が浮かぶ。
魔女狩りにて苦しんでいる同胞たちの苦悩が脳裏をかすめた。
「魔女は長寿だと聞くが、ワシを坊や呼ばわりできる魔女はそう多くない。リーゼ・ヴァイオレット、お主はなにかしらで寿命を克服したな」
マルケスは私の秘密を言い当てる。
魔女を嫌っているのだからこそだが、魔女を根絶やしにしようとするのなら魔女のことをよく知っておく必要があるということだろう。
「私のことはどうでもいいわ。私を呼んだ理由は答えてくれないみたいだから、こっちには答えてくれるかしら? どうして私たち魔女を目の敵にするの? 私たちが貴方になにかした?」
そもそもの根本だ。
なぜ皇帝マルケスは、真人帝国エンプライヤは”不思議”を憎むのか。
「なぜ我々が魔女をはじめとした”不思議”そのものを排除しようとしているのか、それはワシの一存ではない。この国が”真人帝国”と名乗る前の出来事が関係している」
そうなのだ。実はこの国エンプライヤが”真人帝国”となったのはここ百何十年のことで、それ以前はこんな国名は名乗っていない。
つまりそこら辺でなにかが起きたのだ。
「何があったわけ?」
「簡単な話だ。一人の吸血鬼がこの国を襲ったのだ」
一人の吸血鬼の襲撃。
たかがそんなことで?
「たった一人の吸血鬼と思っただろう? だが襲撃されたのは当時の王宮で、襲撃してきた吸血鬼が魔王のクラスだったのだ。人間たちが天敵である吸血鬼の魔王に勝てるわけもなく、たった小一時間ほどで王宮は陥落した。それ以降、生き残った王族の末裔が”不思議”の根絶を目指して、国名に”真人帝国”を足したのだ」
皇帝マルケスは険しい表情で語った。
この国がこの国となった経緯を、なぜ不思議を根絶する国になったのかを。
私はその頃、何も考えずに人々から距離を取って生活していたため、国名の変化など気が付かなかった。
しかし当時の王宮を攻め落とした吸血鬼とは一体……。
「……我だよリーゼ。その昔にこの国の王宮を襲撃した魔王は我だ」
ずっと沈黙を守っていたシュトラウスが静かに口を開いた。