恐ろしいほどの遠回りの末、私たちを乗せた馬車は王都ヘディナに到着した。
マゼンダと別れてから、三日が経過していた。
この三日間、私とシュトラウスはほとんど馬車の中でダラダラ過ごし、キリンちゃんの操縦はもっぱらセリーヌが行っていた。
別に私たちがやらせていたわけではない。
セリーヌが手綱ポジションを決して譲らなかったのだ。
「それにしてもデカいな」
シュトラウスは馬車の窓から顔を出してヘディナを観察する。
到着したといっても、ヘディナの外観がようやく見えてきた程度で、中に入るにはまだ数時間進まないといけない。
「真人帝国エンプライヤの中心都市ですもの。当然それなりでしょう」
ここから王都ヘディナまではただただ開けた平原が広がっている。
平原の全方位からヘディナに向かって太い街道がのびていて、南や西からは商人の馬車や貴族の蒸気車などが行き来している。
私たちの来た方角からは人っ子一人いない。
もしかしたら四本腕の生息地が影響しているのかもしれない。
「このまま向かって大丈夫なのか?」
「一応この手紙を見せれば通れるって書いてあったけど……まあ、行ってみないとわからないわね」
私は懐から手紙を取り出す。
皇帝マルケスのサインが書かれている。
「セリーヌ出発よ」
「は〜い」
セリーヌはキリンちゃんを操ってヘディナに向かって走り出す。
今から会いに行くのは迫害者だ。
決して歓迎されるわけではないはずだ。
表面上は歓迎されたとしても、マルケスの本音は別にあるに違いない。
キリンちゃんに運ばれながら、徐々に近づいてきたヘディナを眺める。
さすが王都と呼ばれるだけあって、その規模感はヴァラガンを超えている。
遠目からでも信じられない規模を誇っており、普通の外壁の外側にもう一枚独立した防壁が存在する。
防壁は地面に接触しておらず、城壁から伸びた連絡路だけでその巨体を支えていた。
砲台が設置された小屋のようなものが点在し、防壁と城壁を繋ぐパイプのような役割も果たしている。
城壁の内側には巨大なお城が鎮座する。
城は禍々しいメタリックな色をしていて、その高さはヴァラガンの城を簡単に越えていた。
ヘディナに近づけば近づくほど、視界の中に収まらなくなった王都ヘディナからは人の活気が伝わってくる。
不思議を感じることはない。
この街は不思議からもっとも遠い位置にいる。
「検問所だよ」
「私に任せて」
私は馬車を降りて衛兵に向かって歩いていく。
衛兵は私を見つけると、やや驚いた様子で一歩下がる。
そうか、キリンちゃんはどこからどう見ても魔物にしか見えない。となればそこから降りてきた私は人間ではないという判断だろう。
「何者だ!」
今更ながら衛兵は銃口を私の額に押し付ける。
私が露出した魔眼で一睨みすると、衛兵はビビった様子で後ずさる。
「お察しの通り私は魔女よ。皇帝マルケスに会いに来たの。通してくれないかしら?」
「ま、魔女だって!?」
周囲にいた衛兵たちも続々と集まってきた。
みんなおそろいのメタリックな黒い鎧を身にまとい、猟銃のような長めの銃を抱えている。
これがヘディナの衛兵全般の基本装備らしい。
「魔女を見るのは久しぶりなのかしら?」
私たちをぐるりと囲んだ衛兵たちに向かって尋ねるが、答えは帰ってこなかった。
軽くため息を漏らし、私は懐に手を入れる。
その瞬間に周囲の衛兵たちは銃口を私に向けた。
この厳重な対応は、それだけ皇帝が魔女に対して恐ろしい仕打ちをしたことの裏返しだろう。
「はい」
私は私の額に銃口を突きつけていた衛兵に手紙を渡す。
衛兵は恐る恐る手紙を受け取り、慎重に開いて目を通し始めた。
数秒の沈黙ののち、手紙を読んでいた衛兵の手が震え始めて銃を降ろした。
「申し訳ありませんでした! 皇帝のお客様とは知らずに失礼しました! お許しください」
眼の前の衛兵が頭を下げたと同時に、私たちを囲んでいた衛兵たちも緊張を解いた。
「リーゼ・ヴァイオレット様一行をお連れします!」
衛兵たちは私たちの左右に並んで敬礼をする。
私たちを歓迎するつもりなのか、それとも私たちから周囲を守るためなのか分からないけれど、とりあえず王都へ入ること自体はできたみたい。
あとはこの案内のまま、見上げると首が痛くなるほど高いお城に向かって進むのみだ。
「私も街を見ても良い?」
「良いわよ、おいで」
セリーヌは私の膝の上に座る。
キリンちゃんの手綱を握った私の腕の中に入り込み、周囲を囲む衛兵越しに街並みを眺めている。
「ここから城まではどのくらいかかるの?」
「歩きで二時間ほどです」
衛兵は視線をこちらに寄越さないまま簡潔に答える。
城はこの街の中心に位置し、街並みはヴァラガンを軽く越えた発展を見せていて、さすが王都だと思わせるほどだった。
大通り沿いには民家は存在せず、露店が並んでいる。
区画整理がしっかりと行き届いていて、不思議や曖昧なものが紛れ込む隙間は一寸たりとも存在しない。
「この街、不思議がなくないか?」
馬車の中からシュトラウスが囁く。
言われてみればそのとおりだ。
ヴァラガンだって不思議の量は少なかった。
基本的に文明の多いところは、不思議が希薄になりがちだ。
そしてヴァラガンよりも発展しているこの街には、ついに不思議が消失していたのだ。
「これが”真人帝国”が目指す答えね」
私が一人呟いたところで、馬車は静かに停止した。