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第十三話 再び出発

「あんなに恐ろしいの? あれが元魔女だなんて信じられない」


 マゼンダは体を震わせながらつぶやいた。

 これが正常な反応だ。

 あんなのただの怪物だ。


「あ〜あ毒魚……」


 セリーヌはなぜか少し残念そうに崖下を見下ろしている。

 せっかく自分が活躍できたのにとか思ってそうだ。

 彼女の中で四本腕に対する恐怖心が和らいでいる気がする。

 まあ、ハルムとかに比べれば脅威ではないのだが……。


「とりあえず結界の中に戻りましょう。貴女たちが四本腕や皇帝をどうにかしてくれるまで閉じこもることにする」


 マゼンダは暗い決意を固めると、再び結界への扉を開く。

 私たちがマゼンダのあとに続いて結界の中へ入ると、中ではシュトラウスが一人で食料庫から保存食を中心に馬車に運び込んでいた。


「用意が良いわね」

「もちろんだ! そっちはどうだった? 魚を持ってくるペットは手に入れたのか?」


 呑気にそんなことをのたまう吸血鬼にため息をもらす私を見て、マゼンダが頭を抱える。

 そんな私たちを見かねてセリーヌがシュトラウスに耳打ちする。

 するとだんだんとシュトラウスの顔色が悪くなっていく。ただでさえ顔色が悪いのに、青白いを通り越して真っ白になりつつある。


「また四本腕か……いったいどうなっていやがる? おまけに今度は魔物の腕を狙ったんだろう?」


 確かに彼の言うとおりだ。

 こんな短期間に二回も出会うことになるとは思わなかった。

 おまけに今回は魔物を狙っていた。

 この近辺に人間が住んでいないからだろうか?


「そう。もうなんでもありね」


 私たちは暗い雰囲気に包まれる。

 そんな私たちの気を紛らわせるように、マゼンダが一度大きく手を叩いた。


「食料を持っていってちょうだい!」

「良いの? 毒魚は死んじゃったんだよ?」


 セリーヌが不思議そうに尋ねると、マゼンダは首を静かに横に振った。


「構わないわ。貴女たちが四本腕や皇帝をどうにかしてくれないと、私は一生ここから出られないんだから」


 マゼンダの言葉に、セリーヌはあっけにとられたような表情を浮かべたあと笑い出した。


「じゃあ頑張らないと。じゃないとマゼンダが引きこもりになっちゃうからね」


 セリーヌに釣られて私も笑い出す。

 確かにそうだ、私たちの活躍次第でマゼンダの生活様式が変わってしまう。


「いただくものは頂いたし、そろそろ出発するぞ」


 シュトラウスは早々に馬車の中に入っていく。

 彼の言う通り、時間はそんなに残されていない。

 下手したら皇帝が兵を動かすかもしれないのだ。


「マゼンダ、助かった」

「こちらこそ現実を知れたし、未来に希望が見えたわ」


 マゼンダはそう言って握手を求めてきた。


「希望?」

「ええ。貴女たちが魔女の希望よ。不思議が薄れてきてしまったこの時代に、不思議を吐き出し続ける貴女の存在は何かの啓示かしら?」


 マゼンダは結界を開く。

 私の存在が何かの啓示? 流石にそこまで大規模な話ではないだろうけれど、私が不思議の中心になる覚悟はある。

 もちろんそこにはシュトラウスとセリーヌも一緒だ。


「ありがとう。マゼンダ」

「もし何かあったら私が助けに行くわ!」


 彼女の最後の言葉を聞きながら、キリンちゃんは結界から外の世界へと走り抜ける。

 補充した食料は、遠回りして王都を目指すのにじゅうぶんな量だった。

 これならどこも寄り道せずに皇帝の元へ行ける。

 会うべきか迷った時もあったが、ここまでくれば問いたださなければならない。

 四本腕の存在、それにどうしてそこまで魔女の処理に全力をあげているのか。


「セリーヌ、来た道を一日戻るわよ。そこから三股の道を東へ」

「は~い!!」


 セリーヌがキリンちゃんの手綱を握りたいとうるさいので、若干危険ではあるが彼女に馬車の操縦を任せ、私とシュトラウスは馬車の中から外を警戒する。

 来るときに魔物の気配はなかったものの、四本腕が普通に崖下に現われたとなっては警戒しないわけにはいかない。


「このまま一気に王都へ向かうのか?」

「そうだけど、何か問題でも?」

「いや、戦いになりそうだなと思ってな」


 シュトラウスはニヤリと笑う。

 戦いを求めているみたいで恐ろしい。

 まあ吸血鬼とは本来こうあるべきなのかもしれない。

 今までが少しおかしかったのだ。


「なんかシュトラウスってここ一ヶ月間で変わった?」

「なんかってなんだ、なんかって?」

「いや、なんというか好戦的になった?」

「どうなんだろうか? 我としてはそんなつもりはないが……」


 シュトラウスはそのまま腕組をして考えこんでしまった。

 私の気のせいだろうか? それとも何か彼の身に変化が生じているのだろうか?


「ねえリーゼ、クッキーとって!」

「早くない?」


 まだ出発してから一時間も経っていない。

 お菓子タイムには少々早い気がするが、お腹のすいたセリーヌはめんどくさいので大人しくクッキーを渡す。


「ねえリーゼ」

「なにセリーヌ?」

「今度から私も戦うね」


 彼女の一言には決意が感じられた。

 もう守られるだけの存在は嫌なのだろう。


「それは良いけど……でもどうやって?」


 戦う決意は構わない。きっとそろそろ言い出す頃だと思っていたからそれはいい。

 だけど戦闘手段がほとんどない。

 彼女が使える魔法は家事系統と魔物を捕まえる魔法だけ。


「魔物を一杯捕まえてストックしとこうかなって」

「ストック?」

「そうそう! 家事魔法の中にバッグの魔法があったでしょう? その中に魔物を入れておこうかなって」


 なんと恐ろしい子だろう。

 家事魔法の中に魔物を収納しようとしているのだ。

 だけど彼女が戦おうというのなら、そうするしかないのもまた事実。


「なるほどね。良いんじゃないかしら? でも危なくなったら手を出すわよ」

「うん! 私を守ってね」


 セリーヌは私に対してウインクをかまし、視線を遠くに向ける。


「魔物の気配」

「リーゼとシュトラウスは手を出さないでね。あれは私が捕まえるから」


 キリンちゃんは魔物の気配があった方向にむかって走りだす。

 見えてきた魔物は蛇のような魔物。

 目が三つあり、胴体も木の幹のように長い。

 私たちの家の周辺ではあまり見かけないタイプだ。


「私のもとへおいでなさい。私のいうことを聞きなさい。汝は私のしもべとなる」


 セリーヌの手元が光り、白い光が蛇の頭に直撃する。

 数秒の沈黙の後、蛇の魔物は静かに近づいてきた。

 敵意は感じない。


「さあ中へ入ってなさい!」


 セリーヌが地面に手をかざすと小さな結界が現われる。

 これがバッグの魔法。

 ある程度の大きさなら収納できる家事魔法。

 蛇の魔物は指示通りにスルスルとバッグの魔法の中に入っていった。


「よし! 次はアイツね!」


 セリーヌは調子に乗って走り始めた。

 彼女の向かう先には弱い魔物の反応が数体。

 どうやら弱い魔物の巣にでも入り込んでしまったか。


「当分終わりそうにないわね」


 遠くで響くセリーヌの呪文を聞きながら、私とシュトラウスは苦笑いを浮かべた。

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