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第十話 マゼンダの生活

「綺麗なところね」


 私たちが足を踏み入れたマゼンダの結界の中は、小綺麗に整った空間だった。

 集落そのものを結界で隠しているわけではなく、彼女が暮らしていくのに必要な範囲だけを結界で隔離している状態だ。

 マゼンダの家だと思われる木造の小屋を除けば、ちょっとした庭に池、立派な畑が視界に映る。

 土地の広さで言えば、私の洋館と庭を足した程度。それ以上の景色を見ようと思っても、結界の壁がただただ白銀に輝いていた。

 そのせいか妙に明るい空間となっていて、居心地の良さを感じる。


「ここから出ないからね。内装には気を使ったの」


 結界の中を内装と称した魔女は、後にも先にも彼女ぐらいだろうが、彼女の言わんとしていることは分かる。

 ずっと閉じこもっていることになるため、せめて居心地よくしたということだろう。


「凄い!!」


 セリーヌは無邪気な笑顔を浮かべて、池や庭を走り回っている。

 シュトラウスはそんな彼女に腕を引っ張られ、頭をグラグラさせながら付き合わされている。

 貧血気味な彼には酷なことだ。


「ところで、リーゼと呼んでも?」

「もちろん。敬語なんてやめてよね」


 マゼンダが恐る恐る尋ねてきたが、私は当たり前に敬語を拒絶する。

 魔女同士で上下なんていらない。


「あの二人とはどういう関係なの?」


 マゼンダが池の中を覗き込んでいる二人に視線を送る。

 まあ確かに、他人から見たら意味の分からない組み合わせではある。


 ハルムを撃退した魔女と、まだまだ幼い新米魔女。そこに吸血鬼ともなれば、およそ理解ができない組み合わせだ。


 そこで私は、彼女にここまでの経緯を全て話すことにした。

 きっと彼女は信頼できる。

 私は彼女が結界の中に入れてくれた瞬間から、彼女のことを信用していた。

 結界に人を招き入れるということは、その者と敵対するつもりがないことの裏付けだ。


「ここに来る途中に戦ったっていう四本腕って、魔女だったのよね?」


 マゼンダは何かを知っている風な言い方をしてきた。

 私は黙って首肯する。

 確かにあれは魔女の死体だった。

 おまけに心臓には魔物の部分が癒着していた。


「何か心当たりでもあるの?」

「明確な答えは持っていないけれど、皇帝が魔女狩りの際、生きた魔女の両腕を切り落としたって聞いたことがあるわ」


 その言葉を聞いてゾッとした。

 もしかしたらと心の奥底で思っていたことが現実となる。

 生きた魔女の腕をもぐなんて、やりそうなのは皇帝ぐらいのものだ。

 ただ、これから会いに行く相手がまさかそこまでやるような人間だとは思いたくなかった。


「あの皇帝はそこまでやるのね」

「ええ、彼の魔女に対する差別意識は本物。それぐらいはやりかねない。だけどどうしてわざわざ腕?」


 マゼンダは不思議そうに首を傾げた。


「魔女が魔法を使うとき、必ず使うのは?」

「……口と腕?」

「ご名答。口を切り落とすのは難しいし、多くの者に見せしめとするには腕を切り落とす方が分かりやすいでしょ?」


 抵抗させないためと、魔女とばれたらどうなるかという見せしめ。それに皇帝のことだから、魔女を隠し立てするとどうなるかの見せしめも兼ねているに違いない。

 まだ会ったことはないけれど、話に聞く限りではそのぐらいは平気でしてきそうではある。


「そこからどうやって四本腕になるか見当はついてるの?」


 マゼンダは真剣な面持ちで、緑のロングスカートをギュッと掴む。


「実際に四本腕になる過程を見てないから断言はできないけれど、きっと両腕をもがれて殺された魔女の執念か思念かが、周囲の不思議を取り込んで魔物化したのが四本腕だと考えてるわ。死体を観察した感じではそんなところ。そして四本腕は人間の腕に異常な執着を持っていて、襲われた村では脳内に語り掛けて洗脳して連れ出しているわけだし……もしも私たちが通りかからなかったら、あのまま村人全員の腕が切り落とされていたでしょうね」


 そんなに間違った推測ではないと思う。

 四本腕の特徴としては、元魔女だということと、人間の腕を集めようとするところ。

 争った形跡もなく人が姿を消したのなら、それは四本腕が原因となっている可能性が高い。


「恐ろしい話ね。私も一歩間違っていたら四本腕になっていたかもね」


 マゼンダは無意識に自身の体を抱きしめる。

 皇帝に殺されるだけでも恐ろしいのに、その上、四本腕なんていう怪物に変化させられてしまうと考えたら怖いに決まっている。


「しかしあの皇帝は四本腕の存在を認知しているのかしら?」


 マゼンダはボソッと呟いた。

 私もそこが不思議だった。

 仮に認知していた場合、四本腕によって村が滅ぼされる可能性だって全然ありえる。

 いくら魔女を排除したくても、そのせいで多くの国民が命を脅かされるのだ。

 それを良しとするのだろうか?


「あの皇帝は恐ろしいし、人の心なんてもっていないと思うけれどバカではない。たぶん認知したうえで実行していると思う。いずれ四本腕の存在が市民レベルにまで浸透したら、事実を捻じ曲げて報道するんじゃない? これは魔女が起こした悪事だと。そうすれば市民の中に、魔女を庇いだてする者はいなくなるし」


 つまり四本腕そのものを民衆のコントロールに利用しようというわけだ。

 なかなかに狡猾で愚かな男だ。

 これはどうしてやろう?

 皇帝に会って向こうの出方を見ようと考えていたが、ここまで来ると会うことさえ危険な気がしてきた。


「何を怖気づいてるんだ?」


 気がつけばセリーヌたちは戻ってきていた。

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