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第九話 魔女の集落

「貴女は?」


 突然背後から声をかけてきた女性。

 彼女は魔女に違いなかった。

 そうでなければ突然現われたりはしない。


「私はマゼンダと申します。貴女たちは普通の人間ではありませんね?」


 尋ねながらも確信を持った言い方だった。

 そういう彼女は間違いなく魔女だ。不思議の波長が完全に魔女のそれだ。


「ええ。そういう貴女は魔女ね? どうしてこんなところに一人で? それにどうやって現われたの?」


 彼女は私に魔女だと言われて嬉しそうに微笑んだ。


「その通りです! まさか同胞に出会えるとは思わなかったので感激です!」


 マゼンダは満面の笑みを浮かべて私を強く抱きしめる。

 彼女からは薬草の匂いが漂う。


「そちらのお嬢さんも魔女ね? そこの坊やは……なにかな?」


 誰かなではなく、なにかな? と表現するあたり、シュトラウスが人間ではないことは分かっているらしい。


「我は偉大な吸血鬼だぞ? 薬草臭い小娘め!」


 シュトラウスはやや怒っている。

 なに扱いされたことがお気に召さなかったらしい。

 魔王のくせに心が狭い。


「薬草臭いとは失礼な! 私だって偉大な魔女よ? この真人帝国エンプライヤにおいて、魔女として過ごすだけでも大変なんだから!」


 マゼンダはシュトラウスに対して真っ向から言い返した。

 私は例外として、普通目の前に吸血鬼がいたら震えあがるものなのだが……なかなか肝の据わった魔女だ。


「まあまあ、シュトラウスも悪気があるわけじゃないから」


 私はマゼンダを宥めながら、彼女の姿を観察する。

 顔は正直めちゃくちゃ整っている。

 こんなのが街を歩いていたら、男はみんな振り返るに違いない。

 スタイルも良いし、容姿の良さだけなら私と遜色ない。


 白いブラウスに緑のロングスカートを合わせ、足元は黄色いパンプス。

 なんでその組み合わせなのかと疑問に思う程度には、彼女の生まれ持った容姿を打ち消すような出で立ちだった。


「そう、このコウモリはシュトラウスっていうのね」


 吸血鬼の魔王をコウモリ呼ばわり……。

 ああ、この先が思いやられる。


「誰がコウモリだとセンスゼロ女」

「はあ!? この素晴らしいファッションが理解できないわけ?」


 話が少しずつおかしな方向に進んでいる。

 どうしようかと考えた末、私は大きめの咳ばらいを放つことで二人を黙らせた。


「そんなのはあとにして、二つ目の質問に答えてくれない?」

「二つ目の質問?」


 マゼンダはなにそれ? と言わんばかりに顔を傾げる。

 どうやらこの娘、記憶力がニワトリ並らしい。


「どうやって私たちの背後に突然現われたのかっとことよ!」


 私がもう一度大きな声で指摘すると、彼女は「ああ!」と手を叩いた。


「説明するよりも見たほうが早いんじゃない?」


 彼女がそう言った瞬間、空間が裂けて長方形のドアのような入口が現われた。

 入口の先は白く輝いていて目で確認できない。


「へえ。結界ね。ここに住んでるの?」

「そうよ。理由は貴女なら想像つくでしょ?」


 魔女が人里離れて、結界の中に隠れ住む理由などたった一つ。

 この国の魔女に対する態度だ。

 見つかればきっと殺される。

 ヴァラガン周辺はまだ良い方なのだろう。

 ヴァラガンは街の規模が規模だけに、多少自治権のようなものが与えられていて、ギルドマンは魔女に対する理解が深いほうだ。


 だけどここらは話が違う。

 前に戦ったメイストの話を信じるのならば、皇帝は彼女を使って魔女狩りを実行した。

 そのせいもあって、王都ヘディナ周辺の魔女はすべてメイストに殺されたのかと思っていたのだが、どうやらマゼンダはその凶刃から逃れられたようだ。


「皇帝の魔女狩りね。よくメイストから逃れられたわね」

「あの魔女、メイストっていうのね。私からしたら魔女のくせに同胞を殺して回る怪人よ。貴女はメイストを知っているみたいだけど、上手く逃げられたってこと?」


 マゼンダが不思議そうに尋ねてきた。

 ああそうか。魔女狩りの魔女は、この地域では勝てない存在として扱われているのか。


「逃げてはないし、彼女はもうこの世にいないわよ。私が殺したからね」

「殺した? あの魔女狩りの魔女を!?」


 マゼンダは信じられないといった様子で、私をマジマジと観察する。

 そして私と目が合った時、彼女は一歩下がった。


「その目、もしかして紫の魔眼?」

「ようやく気がついた? 最近は魔眼持ちの魔女も減ったものね」


 最近の魔女は魔眼を持っていない。

 昔はもう少しいたはずなのに、この国の不思議の衰退と共に、魔眼の発生率そのものが極端に下がってきてしまったのだ。


「貴女は一体何者?」


 マゼンダはあらためて私の名前を問う。

 さっきまでは同じ魔女だとラベリングしていたが、魔眼持ちと分かると少しラベルの色が変わるらしい。


「私はリーゼ・ヴァイオレット。よろしくねマゼンダ」


 私は名乗りを上げて手を差し出す。

 マゼンダは唖然とした様子のまま、恐る恐る私の手を握った。


「驚いた。一ヶ月前に出た情報は本当だったんだ。あの不思議の王、ハルムを倒した魔女がいるという話。その名前がリーゼ・ヴァイオレット。まさか会える日が来るとは思わなかった」


 マゼンダは驚きのあまり、表情がぎこちない。

 その目にあるのは恐れではなく、迷いだった。


「どう? 信じてくれた? 不思議の王を撃退するぐらいなのだから、魔女狩りの魔女なんて返り討ちよ」


 本当は少々苦戦したのだけれど、それは内緒。


「それじゃ結界の中に入れてくれる? 私たちちょっと困ってるのよ」

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