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第八話 南西へ

 私たちは目覚めた村人たちを連れて村に戻ることにした。

 全員を馬車に乗せて移動を始める。

 馬車の中はパンパンになってしまったが、彼らの歩く速度で村に戻ろうと思うと本気で半日以上かかるのだから仕方がない。

 ただでさえ時間をロスしているのに加え、今の私たちには皇帝に会う以外の目的が一つ増えたのだ。


 それは四本腕の謎を解明すること。

 もしも本当に魔女があれに変貌しているのであれば、その原因を突き止め解明しなくてはならない。

 なぜならセリーヌが魔女になってしまったからだ。

 彼女がああなってしまう可能性があるというのは看過できない。


「今まではなかったことだよな?」


 馬車を引くキリンちゃんの背中の上で、シュトラウスは私に尋ねた。

 セリーヌは危ないから馬車の中にいてもらっている。

 過保護だと言われても構わない。


「聞いたことがない。皇帝と実際に会って、魔女に対する迫害をやめさせるつもりだったけれど、もう一つやることができてしまうとはね」


 私は手綱をしっかりと握りながらぼやく。

 キリンちゃんが爆速で進んでくれるため、馬車はもう間もなく村に到着する。


「助かりました。他の者たちは自分たちで探していこうと思います」


 村を代表してジークが頭を下げる。

 きっとこの村の規模からすれば十数人は消えてしまったのだろう。

 あの滝にいた四本腕が殺したのは二人だ。

 他の者たちは、どうしてしまったのだろう?


「正直言っておすすめはしない。村を捨ててヴァラガンを目指すべきだ。今回はたまたま私たちが居合わせたから助かったが、私たちはもう出なければいけないし、騎士団の連中もここまで守護の手を伸ばせない状況よ?」


 私はジークに警告する。

 仮に他の村人を探し出せたとしても、もしも連れ去ったのが他の四本腕だった場合、返り討ちに遭うだけだ。

 しかしジークは首を横に振った。


「助言には感謝します。しかし俺たちは同胞を見捨てない。そこらの魔物が相手なら負けない自信がありますし、いままでもそうやって生きてきたのです」


 そう語るジークの目は死んでいない。

 あきらめたり自暴自棄になっているわけではなさそうだった。

 絶対にできるという自信に満ち溢れている。


「そう。選択は貴方たちの自由だし、どの道を選んでも責任は取れないからね。幸運を祈るわ」

「ありがとうございますリーゼ様」


 私はジークと握手を交わし、本来の目的地である王都ヘディナに向かって出発した。




 ジークたちと別れたあと、南西に向かってひたすらに進み続けた。

 基本的にはのどかな平原が続いていたため、のんびりとした旅路となっていたがここで一つ問題が発生した。


 それは南西に向かい始めて二日が経過した時だった。

 約一五〇年前の記憶を頼りに道を決めていると、とんでもない場所に出てしまう。

 何度かあった二股の分かれ道の選択を間違え続けた結果といえる。

 純粋に南西への最短ルートを選んでいたのだが、なぜ最短ではなく遠回りの道ができているのかへの思考が足りなかった。

 そのまま進めないから道は増えたのだ。


「どうやってこの崖を越えるつもりだ?」


 シュトラウスが崖っぷちから下を覗き込む。

 崖の下にある川は激流となっていて、とてもじゃないけれど泳いで渡れそうにない。

 そもそも崖下まで約二〇メートルはあるだろう。

 対岸までも一〇数メートル以上ある。

 私たちだけなら魔法で飛べばいいのだが、流石にこのサイズの馬車ごととはいかない。


「しまったな~人だけなら渡れるんだけどな」


 私はいまさら思い出して顔をしかめる。

 この崖には一人分の幅のつり橋があるのだが、私はそのことを失念していた。

 なぜか普通に渡れるものと思いこんでいたのだ。


「どうするの?」


 セリーヌが無邪気に私の心を抉る。

 なんてことのない言葉が私に突き刺さる。

 いっそのこと責めて欲しい。


「ここから戻って本来のルートを使うとどのくらいかかるんだ?」

「戻るだけで一日かかって、そのあと正規のルートを行くと次の村までに三日はかかると思う」


 これが問題なのだ。

 正規のルートはこの崖を突破することを諦めた道で、永遠に続くのではないかと思わせるこの崖を綺麗に避けて作られている。

 つまるところ大幅な遠回りをしているのだ。


「三日も食料もつか?」


 シュトラウスは私とセリーヌを交互に見つめる。

 彼は私の庭のウサギから絞り取った血液がまだ残っているが、私たちはそうもいかない。

 魔法が使えようと、不思議を扱えようと、その体の根幹は人間のそれと大差ない。

 食べなきゃ死んじゃうのだ。


「まあ、一日ぐらいなら食べなくても……」


 私がそう言いかけた時、セリーヌは絶望の表情を浮かべる。

 彼女は食べられない環境に耐えられないのだ。

 特に甘いものがないとなれば、彼女のやる気は地の底に落ちてしまう。


「……まあ、そんな選択肢はないのでどうしようかなって」


 私は言葉を取り下げ、一日絶食パターンを選択肢から抹消する。

 そんなこんなで途方に暮れていた時、何者かの反応が突然現われた。


「気づいた?」

「もちろん」


 シュトラウスもセリーヌも、警戒するように周囲をうかがう。

 太陽はやや角度を変えてきた頃合い。

 もうすぐ日が暮れそうなこのタイミングで、その存在は突然気配を現した。


「お困りでしょうか?」


 私たちの警戒心を嘲笑うほどに平和な言葉が背後から聞こえた。

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