「魔女が正体だと?」
シュトラウスは信じられないと言いたげだ。
私だって同感だ。
信じたくはないが、こればっかりは本当なのだから仕方がない。
「知り合い?」
「いいえ、私の知っている魔女ではないわ。このあたりの魔女ではないと思う」
知り合いでなければ良いというわけではない。
問題は、どうして魔女が四本腕になっていたのかということだ。
それに村人たちはどこへ消えた?
「セリーヌとシュトラウスは村人を探してちょうだい」
「分かった。行くぞセリーヌ」
「うん」
シュトラウスはセリーヌの手を引き、一歩前を進む。
一番怪しいのは四本腕が出てきた洞窟の中だ。
「私は私のやるべきことしないと」
私は横たわる魔女の死体に向き合う。
この現象の解明をしなくてはならない。
今まで経験のない現象だ。
倒せたからオッケーというわけにはいかない。
「あれ? これって……」
私は魔女の左胸の部分に注目した。
心臓にあたる部分に僅かだが、魔物の反応がある。
私は一度深呼吸をして、死体の左胸に手を突っ込む。
おぞましい感触に鳥肌が立つ。
見たくはないけれど、確認するために目を凝らす。
焼きつけられた血の匂いを嗅ぎながら、私は魔女の心臓を取り出した。
「やっぱり、混ざってる」
私は心臓を掲げて太陽光にあてる。
部分的に透き通って見えた箇所には、心臓には存在しない三つ目の心房がへばりついていた。
「これは……魔物? 魔女が魔物になったってこと?」
おそろしい想像が脳裏を駆け巡る。
なにが原因か分からないが、この魔女は間違いなく魔物化していた。
不思議を纏う者としては、魔女は確かに魔物と同じ側面を持つが、長年生きてきてこんな現象は聞いたことがない。
それにいまさら気がついたが、魔女の死体には腕がなかった。
私の魔法で焼き殺した際、四本腕が取れたからてっきりそういうものだと認識していたが、表面を覆っていた黒い何かが取れた姿はおそらく生前の姿だ。
四本の腕は魔物として表面を覆っていた黒い何かがくっついたもの。そう考えれば、この魔女の死体に腕がないのはおかしい。
「もしかして生きている間に腕をもがれた?」
想像するだけで寒気がする。
魔女が魔物に変貌するには、不思議の出力が必須となるはずだ。
死者には不思議を生み出すことはできない。
つまりこの魔女は、死ぬ直前に四本腕に変貌を遂げたのだろう。
生きながらにして両腕をもがれるなど、耐えがたい激痛だ。到底耐えられるものではない。
「リーゼ! 中の村人たちは無事だ。みんな意識を失っているが生きてる」
シュトラウスとセリーヌが揃って洞窟から顔を出す。
よかった。
全員殺されてしまったのかと思っていた。
「何人いるの?」
「二十人だ」
二十人? 思ったよりも少ない……。
「わかったわ。セリーヌ、彼らを見守ってて」
「うん!」
セリーヌは再び洞窟の中に姿を消す。
シュトラウスはそんな彼女を横目にして、私の隣に並ぶ。
「何かわかったか?」
「とりあえずこの魔女が魔物化した結果が、あの四本腕で間違いない。ただ、魔物化した原因が分からないの」
私の説明を聞いたシュトラウスは、しばしのあいだ腕組をした後、鼻をピクピク動かし始めた。
「何をしているの?」
「いやなに、血の匂いを嗅いでいるのさ」
シュトラウスはそのまま地面にうつぶせとなり、まるで犬のように魔女に死体を熱心に嗅ぎまわす。
いくら真実究明のためとはいえ、あまりにも不格好な姿に眩暈がした。
仮にも魔王クラスの吸血鬼がなにをしているのか。
「何かわかったの?」
犬のように嗅ぎまわったあと、静かに立ちあがったシュトラウスに尋ねた。
流石になんらかの成果はあってほしいのだが……。
「魔女と魔物が混ざってるな」
「知ってるよ?」
「それだけだ。我にはそれしか分からん」
威張って言うことだろうか?
あんなに地面に這いつくばったというのに、ほとんど情報が増えていない。
「だが、この魔女の血からは苦痛の匂いがしたな。意識のあるうちに腕をもがれたかもな」
私とシュトラウスの見解はほぼ一緒。
生きている間に腕をもがれ、そこで魔物化が始まっている。
一体どういう仕組みだ?
これ以上調べても何も分からないと諦めた私たちは、魔女の死体を焼いて祈りを捧げる。
その後、滝壺に沈められている腕を引っ張り上げて観察する。
正真正銘、ただの人間の腕だ。
そもそも四本腕はなんのために村人を連れ去ったのだろう? というより、村人たちを連れ去ったのは本当に四本腕なのだろうか?
「魔法で加工された人間の腕って感じだな。それ以上でも以下でもない」
シュトラウスがつまらなそうに一瞥すると、全ての腕を滝壺から取り出して魔女の死体と一緒に焼いてしまった。
「こんなものがあったら、セリーヌはずっと洞窟から出れないだろう?」
シュトラウスはやや照れくさそうに呟く。
思わぬ表情を浮かべたシュトラウスを見て、私は少し気分が良くなった。
正直、同族が魔物と化していた事実が受け入れられなかったのだ。
「セリーヌ、みんな起きそうにない?」
私はシュトラウスを滝壺に残して、洞窟の中を覗き込む。
中は思ったよりも広かった。
入口こそ、人が二人並ぶかどうかぐらいの幅しかなかったが、奥はドーム状に広がっていてそこらの民家よりも広く感じた。
「まだダメそう。何かしらの魔法にかかった痕跡を感じる」
セリーヌは静かに分析する。
彼女は不思議の流れや痕跡に敏感だ。
セリーヌの魔女としての特性は、魔物を使役できる点と不思議の流れに敏感なところ。
そんな彼女がそういうのなら、いまは大丈夫だろう。
彼女が感じたのはあくまで”痕跡”だ。
「今夜はここでキャンプでもしましょうか」
私は村人たちが目覚めるのを期待して、一夜をここで過ごすことに決めた。