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第五話 四本腕

「おいで」


 私はもう一体のプレグを呼び出す。

 不思議を対価として支払い、空からプレグをこの身に宿す。


「何も出てこないじゃないか」

「いえ、もう着ているわよ」

「どういう意味だ?」


 シュトラウスは怪訝な眼差しを私に向ける。

 まあ分かりにくいよね。

 私の戦い方は複数のプレグを呼び出して使役すること。

 だけど今までの戦い方では、接近戦はどうしても難しい。

 苦手とかの域を超えて、戦えないまできている。

 それを克服したのがこの姿だ。


「なんだそれは?」


 徐々に姿を変える私を見て、シュトラウスは目を丸くする。

 今回呼び出したプレグは金色のライオン。

 それを普通に呼び出したわけではなく、この身に纏っているのだ。


「気がついたかしら?」

「まさか、プレグを憑依させたのか?」

「ご名答。流石は魔王様」

「思っても無いことを言うな」


 シュトラウスにツッコミを入れられているあいだにも、私の表面は姿を変えていく。

 頭の上には黄金の王冠が輝き、深紅のマントを羽織り、持ち手部分がライオンの顔になっている剣を右手に握る。

 私の周囲を飛び回るのは黄金色の不思議。

 不思議の塊が、黄金のライオンの性質を帯びて周囲を旋回する。


「これで少しは対応できるかしら?」


 私は両手で剣をしっかり握り、構えた。


 四本腕は動かない。

 私の得体のしれない姿に警戒している様子だ。

 やっぱり知性がある。


「そんな付け焼き刃で大丈夫なのか?」

「平気よ。別にこれで勝てるなんて思ってないから」


 そう、これはあくまで補助だ。

 私の最大の強みは、膨大な不思議を消費した大型魔法にある。

 これはその隙を生み出すためのもの。

 いくら威力の高い魔法を放てようとも、使う隙がなければなんの意味もないのだ。


「即席だけど、距離さえとれればこっちのものよ」


 四本腕は私の言葉が終わる間際に疾走を始める。

 向かう先はシュトラウスではなく私。

 襲い来る四本の剣を、しかし私はライオンの剣で二本を受け止め、残りの二本は周囲に旋回している不思議が鎧となってピンポイントで受け止めた。


 その隙にシュトラウスがレイピアの切っ先を振るう。

 綺麗なフォームのまま刺し殺す勢いで迫るが、四本腕はその猛攻を全て防ぎ切り距離をとる。


「力を貸して」


 私は近くに呼び寄せた白銀のオオカミの頭をなでた。

 首元のチョーカーに手を伸ばし、範囲を間違えないようにコントロールする。

 殺すべきはあの四本腕だけだ。


 私とオオカミの周囲に紫の電流が流れ始める。

 四本腕は身構えたままこちらを睨んでいるように見えた。


「消えなさい!」


 私の言葉と共に、白銀のオオカミは周囲の不思議を紫電に変える。

 一斉に地面を駆け出した電流は、四本腕に回避を許す間もなく直撃する。


 紫電は四本腕を容赦なく焼いていく。

 弛緩した四本の腕は電気が走り、それぞれが別々の方向に動き回る。

 気持ち悪い光景……悪夢としてでてきそう。


「やったのか?」


 シュトラウスは油断せずレイピアを構える。

 モクモクと立ち込める黒い煙が空に吸い込まれていく。

 周囲には肉の焼けた匂いが広がり、殺せたかはわからないが無傷ではないはずだ。


「セリーヌ、まだ動かないでね」


 セリーヌは戦いの最中、しっかりと気配を消して木の陰に隠れていた。


 やがて風が煙を取り払うと、そこには体のパーツが焼けこげた四本腕の死体が横たわっていた。


「なんだったんだコイツ?」


 シュトラウスはレイピアを構えたまま四本腕に近寄った。

 私も警戒を解かぬまま近寄り、四本腕を観察する。


 焼けこげた四本腕の顔は、やはり何もないままだった。

 一応喋っていただけあり、口はかろうじて確認できたが目や鼻はやはり見当たらない。

 こうやってマジマジと見つめても、新しい情報は手に入らない。

 ただ死んでいることだけは確かだと思う。


「魔物なのかも怪しいわね」


 私たちが立ちあがった時、四本腕の死体が急に黒い煙を発し始めた。


「下がって!」


 私とシュトラウスは急いで距離をとる。


 一体なんなの?

 確実に死んでいたはずなのに……まだなにかあるの?


 突如として発生した黒い煙は、数秒間四本腕の死体を覆っていたかと思うと、まるで突風に吹き飛ばされたかのように霧散してしまった。

 そして残されたのは一人の女性の死体だった。

 深々とフードを被っているその女性からは、僅かながらに不思議の残滓を感じる。それも魔物のものではない。


「……魔女?」


 私は思わず呟いた。

 到底受け入れられない事実だが、この不思議の感じは間違いなく魔女のそれである。


「リーゼ? その人は魔女?」


 恐る恐るセリーヌが姿を現す。

 四本腕の死体のそばで固まったままの私たちを不審に思って出てきたのだろう。


「やっぱりセリーヌにも分かる? 信じられない気持ちだけれど、不思議の波動からみれば彼女は魔女に間違いないわ」


 魔物と魔女の不思議の波動は少し違う。

 同じ不思議だとしても、魔女のものは少し理性を感じさせる不思議の波動をしている。

 そしてこの四本腕の死体から現れた彼女の波動は、間違いなく魔女のそれなのだ。

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