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第三話 ほとんど旅だよね?

 ヴァラガンを出発してから二日が経過していた。

 最初はとても順調だったこの旅にも、徐々に暗雲が立ち込み始めていた。


 ヴァラガンを出た初日は、特に魔物に襲われるでもなくただただ平和にキリンちゃんに引っ張られ、馬車の中から外の景色を楽しみながら、ギルドマンが用意してくれた大量のクッキーと紅茶を嗜んでいた。

 そして夕方になれば、ヴァラガンから南に下ったあたりの村で一泊することも出来た。

 非常に幸先のいいスタートである。

 王都ヘディナまでの道のりで焦る必要は全くない。

 皇帝には一週間前後の誤差が発生する旨の手紙を出している。


 しかしこののんびりとした馬車の旅も、そう簡単にはいかなくなったのだ。

 理由は旅に出た翌日、つまり昨日のことだが、ヴァラガンを出発してから初めて魔物に遭遇した。

 だが現れた魔物はごくごく普通の魔物。

 この近辺によくいる獣型の魔物だった。

 オオカミとほとんど見分けがつかない程度の存在で、変な能力も特にもってはいない。

 ただ残念ながら、次の目的地と定めていた村に夕方ごろに到着した際、ごくごく普通の魔物でも村を滅ぼせるのだと痛感したのだ。


 昨晩到着した村は、ギルドマンから聞かされていた情報によると、村人五〇人にも満たない小さな村だが、外部の人間には非常に親切で魔女に対する偏見も比較的少ないところだった。

 それが村には人っ子一人おらず、死体すらなかった。

 少しのあいだ考えた結果、おそらくあのオオカミのような魔物に全て喰いつくされてしまったのだろうと結論付けた。


 だが一晩明かしたいまとなって、そんなこと起こりえるのかと疑問が湧いてきたのだ。


「今までにも存在していた魔物相手に、村人が全員食い殺されるなんてありえるのかしら?」


 朝一で私は村の中心で墓石を立てながら、となりで作業するシュトラウスに尋ねた。

 セリーヌはキリンちゃんに水をあげると言って、村の中を漁っている。


「正直信じられないな。いくら騎士団が撤退しているとはいっても、多少の自衛ぐらいはできるだろうし……それに不気味なほど血の匂いがしない。我が血の匂いを嗅ぎ取れないことなどないことだ」


 確かにシュトラウスの言う通り、おかしな点としては争ったあとがないということだ。

 建物も無事だし、小物や農具なんかも綺麗に並んだままだ。

 それに彼の言った通り、血の跡がない。

 これが一番異常だと思っている。

 食い殺されたのなら血の跡は必ずあるはずだ。


「ということは集団でどっかに避難したってこと?」

「どうだろう? 家の中を見てみたけど、まるで少し前まで普通に暮していたみたいな感じだった。少なくとも荷物をまとめてどっかに移動した感じじゃない」


 シュトラウスはちゃっかり家の中を覗いていたらしい。

 抜け目ない吸血鬼だ。


「ねえリーゼ!」

「どうしたのセリーヌ。そんなに慌てて」


 私とシュトラウスが話し込んでいると、キリンちゃんのお世話をしていたはずのセリーヌが走ってきた。


「キリンちゃんが東の方を威嚇しているの! いままでそんなことなかったのに」

「本当?」


 私たちがセリーヌに連れられて馬車に戻ると、確かにキリンちゃんは東の方角をずっと睨んでいる。

 あきらかにキリンちゃんの魔力が高まり、威嚇する素振りさえ感じる。

 きっとこの先になにかある。


「この先にはなにがあるんだ?」


 シュトラウスは異常さに気がついたのか、キリンちゃんと同じ方角を睨む。


「確かこの先は滝があった気がするけど……どうする?」


 私は二人に尋ねる。

 正直このまま放置して南西に向かうのがもっとも自然だ。

 別にこの村に特別な思い出があるわけでもない。


 だがそれと同時に少し不気味な気もする。

 普通のオオカミ型の魔物に、あんな芸当はできない。

 あの村を襲ったのはあきらかな知性を持った何かだ。

 それを放置して私たちが襲われたりする可能性も放置できない。


「私は気になる」


 セリーヌはまっすぐ私の目を見て宣言した。

 以前だったら確実に怯えの色が浮かんでいたはずなのに、魔女になった影響か、そんな色は一切見えてこない。


「我はどちらでもいい。だが少し気にはなるな」


 つまりどちらも東の滝に向かおうということらしい。

 キリンちゃんも臨戦態勢ともなれば、ここはみんなの意見に従おう。


「良いわ。たぶんここから滝までは半日もかからないと思うから」


 私たちは馬車に乗り込み、東の滝を目指して進みだした。




 東の滝を目指して進み始めて数時間、通常の移動スピードなら半日かかると思われたが、思ったよりもキリンちゃんのモチベーションが高いのか、あと少しというところまで迫ってきていた。

 ここまでくれば流石に敵の存在を感じ取れる。

 あきらかに異様な不思議の流れが存在する。

 敵は確実にあのオオカミではない。

 もっと知性のある怪物だ。

 それも複数体ではなく一体。


「たった一体で村の人間全員を連れ去ったということね……どんな手を使ったのかしら?」


 私は滝のそばの森の中で、停車した馬車の中から滝壺を眺める。

 力づくでは難しいだろうと思う。

 人間の集団を流血なく連れて行くには、圧倒的恐怖かそれか……。


「もしかして洗脳?」

「洗脳? 魔物が人間を?」


 私のつぶやきにシュトラウスが反応する。

 ありえないといった表情だ。

 確かに私もそんな魔物は聞いたことがない。

 だけどそれ以外で、どうやったら総勢五〇名ほどの人間たちを無傷で連れて行けるのか、方法が一切分からないのだ。

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