目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第二話 南へ

「準備はこれで大丈夫でしょうか?」


 ギルドマンは私の顔を見て確認をとる。


 いま私たちはヴァラガンのギルドマンの元を訪れていた。

 そもそも私たちが王都ヘディナに向かうことになったのは、ギルドマンが持ってきた手紙のせいなのだ。

 手紙は皇帝から私宛のものだったので、別にギルドマンが悪いわけではないのだが、めんどくさい案件を持ってきたのが彼であることはどうしようもない事実なのだ。


「しかしリーゼに会いたいだなんて、物好きな皇帝様だな」


 シュトラウスはあらためて旅の目的を思い出したのか、一人でケラケラ笑っている。そんな彼を冷ややかな目で見ているセリーヌの姿が印象的だった。


「それだけリーゼ様の功績を重く受け止めているということです」

「いいよギルドマン、本音では私と同じで不気味に感じてるんでしょ?」

「リーゼ様が相手では嘘は意味をなさないですね」


 ギルドマンは少し苦笑いを浮かべ、馬車の中を確認する。

 馬車はギルドマンが用意してくれたもので、普通の馬車とは一味違う。

 小さな小屋ぐらいの大きさを誇り、中にはギルドマンが用意させた食料やら水やらが大量に詰め込まれている。


 なんで蒸気車ではないのかという疑問は、私たちのスキルの問題を説明すれば解消されるだろう。

 私たちの中で蒸気車を運転できるものは一人もいない。

 なにせこちら側は紛うことなき不思議側の存在だ。唯一人間だったセリーヌまでも魔女となり、そもそもまだ子供だった彼女が蒸気車の運転などできるわけもないのだ。

 さらにいえば、約一週間以上の長旅に必要な物資を蒸気車に乗せるのは不可能だった。

 じゃあ馬車なら可能なのかと問われれば、首を横に振るしかない。

 そんなデカい馬車なんて存在しないし、仮にあったとしても一体どこの馬ならそれを引いて行けるのかという問題が残る。


「しかし凄いですね……本当に魔物に引かせるなんて」


 やや引き攣った顔のギルドマンが、警戒心を隠しきれずに一歩下がりながら感心している。


「いやいや、凄いという言葉はこちら側の台詞よ? たった二週間でこんな立派な馬車を用意できるんだから」


 私とギルドマンは本気でお互いを称賛する。

 彼は魔物に馬車を引かせるというアイデアと、それを本当に実現しようとしていることに拍手を送り、私は二週間前に冗談交じりで「小屋みたいな馬車があれば快適ね」といったのを本当に用意してしまったその実行力に拍手を送る。


「しかしこの魔物は安全なのですか?」


 ギルドマンは依然として魔物から距離をとっている。


「平気よ。捕まえてから一週間のあいだ、ひたすらに調教してあるから」


 この馬車に馬のように括りつけられている魔物は、パッと見は馬そっくりだが実際は魔物であり、近くで見れば一目瞭然である。

 通常の馬の二倍の上背があり、足の筋肉なんて私の胴体くらいの太さを誇っている。

 闇に溶ける漆黒の毛皮は一周回って高級感を演出し、頭のてっぺんには天を貫かんとする一角が黄金色に輝いている。


「もしも言うことをきかなくなっても、私の魔法でいうことをきかせるわ!」


 セリーヌが胸を張る。

 彼女が魔女となって覚えた魔法の中で、もっとも戦闘向きなのがこの魔法だ。

 魔物や動物を自分の支配下におく魔法。

 プレグを呼び出す私の不思議を、色濃く受け継いだ影響だろうか? 彼女も私と同じく何かを使役するタイプの魔法を習得した。

 他にも部屋の中の埃を操る魔法や風の向きを変える魔法、決められた範囲の害虫だけを消し去る魔法など、妙に家事に振り切った魔法ばかり憶えてしまった。


 実際、この魔物を捕らえた際もセリーヌの魔法を使用している。

 そこから彼女の魔法に頼らなくてもいうことをきくように、私とセリーヌとシュトラウスにて地獄のような調教を施したのだ。


「もしもの時は任せたわよ」


 私の言葉を聞いたセリーヌは胸を張り、逆に馬役の魔物はその身を縮こまらせてしまった。

 一体どれだけセリーヌの魔法が嫌なのだろう?


「仲良くしようね、キリンちゃん」

「キリンちゃん?」


 セリーヌから聞いたことのないワードが飛び出してきた。

 キリンちゃん?

 私は思わず聞き返した。


「そう、キリンちゃん! やっぱり仲良くするためには名前がなくっちゃね」


 セリーヌは高らかに魔物の名前を宣言した。

 そうかキリンちゃん……到底魔物につける名前ではないが、実際にキリンちゃんを操るのは彼女なので異論はない。


「ここから王都ヘディナまで馬車でどのくらいなんだ?」


 キリンちゃんと私たちを横目に、シュトラウスがギルドマンに尋ねる。

 そうか彼は行ったことがないのか……。


「ここから約一週間ですね」

「一週間!?」


 ギルドマンの答えにシュトラウスは絶句する。

 前に言っていたような気もするが、どうやら彼はこの国の広さを甘く見ていたらしい。


「そうよ。ここから南西に向かって山やら川やらを越えて行くの」


 私は彼の絶望に花を添える。

 しかし私が王都付近に行ったことがあるのは、レオと出会う前にまで遡る。

 もう何年前かも憶えていない。きっと地形も街も村も全て変わっているに違いない。

 だから私が案内できるのは方角のみだ。


「一つだけ気をつけていただきたい点があります。魔物の数が増えているそうで、ハルム襲来の影響で凶悪化した魔物がまだ残っているのです。本当は我々がなんとかすべきなのですが、北の砦の復旧に人手がとられていて手が届かないのです」


 ギルドマンの説明はもっともだと思った。

 ハルムの影響で魔物の凶悪化が進んだのは知っているが、ハルムを撃退できたとしても突然その魔物たちが消えてくれるわけではない。

 それにヴァラガンの排魔レパール騎士団だって、ハルム戦で約半数が殉職してしまった。ヴァラガン周辺だけで手一杯なのは理解できる。


「分かったわ。どうせ処理しなければ無事に辿り着けるかも分からないし、機会があれば処分してあげる」

「助かります。それでは無事を祈っております。あの皇帝には注意してください。皇帝が魔女の存在を良く思っていないのは今現在も変わらないはずです。何か仕掛けてくるかもしれませんので」

「アドバイスありがとうギルドマン。でも大丈夫よ、私はしぶといからね」


 私はギルドマンに感謝して馬車に乗り込んだ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?