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第四十一話 その後

「セリーヌ! 起きて!」


 私はキッチンからセリーヌの寝室に向けて声を張る。

 シュトラウスは寝ぼけた様子で椅子に座りボーっとしている。

 そしてセリーヌは一切起きる気配がない。


「はぁ……最近寝る時間が長いのよね」


 私はため息を漏らしながら、卵をフライパンに落とす。

 無事に戻ってこられたのは奇跡に近いことは理解している。



 私たちがハルムと戦ってすでに十日ほど経過していた。

 あの日ハルムと対峙し、レオと過ごした空間が消えてしまったのと同時に、ハルムは霧散してしまっていた。

 レオの消失と共にハルムも消えてしまったのだ。

 外から見ていたシュトラウスによると、私がハルムに触れて数秒後にハルムが消えてしまったため、私が何か特別な魔法を行使したのだと思っていたらしい。


 もちろんそんな魔法なんてありはしない。

 私がレオと語らった空間は時の流れが違うので、外から見ればそう見えたらしい。

 あっけない結末、といえばいいのだろうか?

 少なくともギルドマンや、騎士団の連中からしたらそうなのだろう。


 ハルムが消え去ってから、私たちは少し休んだのちにヴァラガンに赴き、事の顛末を説明した。

 ギルドマンにも全てを話したのだが、彼は中々信じられなかったようで、公式には魔女リーゼ・ヴァイオレットの功績と発表したようだ。

 おかげでこれからヴァラガンにはフリーパスで出入りできるようになったが、この国はそれをよく思わないだろう。

 王都ヘディナにいる皇帝は魔女狩りを雇う程、魔女を消し去ることに積極的だ。

 事がことだけにしばらくは静観しているだろうが、いつ魔女狩りを再開するか分かったものではない。


 魔女化の薬を飲んで眠っていたセリーヌが目覚めたのは、ハルム戦の三日後だった。

 目覚めたといっても本当に数分間言葉を発しただけで、そのままもう一度眠りについた。

 翌日もその次の日も目を覚まし、徐々に活動時間が伸びて行っている。

 これは体が突然の変化に対応しきれず、徐々に慣らしていることを意味しているため、さほど心配していない。


 そしてハルム戦から十日後のいま現在。

 時計は午前十時を示し、朝と言うにはもう遅い時間、今日はそろそろ来客がある。


「シュトラウス、セリーヌを起こしてきてくれる?」

「あいあいさ~」


 シュトラウスはダルそうに椅子から滑り降りて彼女の部屋に向かう。

 彼はハルム戦のあと、ウサギの血液しか飲んでいないためやや貧血気味ではあるが、日常生活程度なら問題なく過ごせるため私の血を与えないようにしている。


「……早起きだねリーゼ」


 ようやく起きたセリーヌは、滅茶苦茶眠そうに目を擦りながらキッチンにやって来た。


「前なら立場が逆だったんだけどな~」


 私はセリーヌにお皿を渡し、とっとと朝食を食べさせる。

 きっと彼女が朝弱くなったのは不思議のせいに違いない。

 まだ体に馴染んでいない不思議は、体にとって負担でしかないのだ。

 彼女が魔法を使えるようになるまでに、あとどのぐらいかかるだろう?


「来たわね」


 玄関をノックする音が聞こえる。

 私が扉を開けると、そこにはギルドマンとその護衛十名が立っていた。

 ギルドマンと側近の数名だけ部屋にあげる。

 護衛たちは洋館の周囲を警戒するように、ギルドマンから指示を受けていた。


「あらためて今回はお礼に伺いました」

「そんなあらたまって言う程のことかしら? ヴァラガンへのフリーパスも貰えたし、お金もじゅうぶん過ぎる程貰ったけど? 今日来たのは別の話でしょ?」


 お礼の金額もえげつなく、公式では私がヴァラガンをハルムから守ったことになっているので、一応魔女という存在のイメージがひっくり返ったのは良かった点だ。

 これならセリーヌも魔女として暮らしやすい。


「流石に鋭いですね。実は皇帝から手紙が届いておりまして、是非リーゼ様を王都ヘディナに招待したいと」


 ギルドマンの口から出た言葉に、私とシュトラウスは反応した。

 王都ヘディナ、真人帝国エンプライヤの首都だ。

 そこには皇帝がいる。

 魔女狩りの魔女、メイストをこちら側に送り込んできた張本人だ。

 絶対に魔女や吸血鬼を歓迎するタイプじゃない。

 一体何を企んでいる?

 それとも世論的に抱え込もうという腹だろうか?


「警戒はもっともだと思っています。私も少し怪しんでいるため、まだ返事の手紙は出しておりません」


 ギルドマンもメイストの件を知っているため、皇帝が魔女である私を快く思っていないのは重々承知している。

 しかしどうするか。

 正直、手紙を無視してここでのんびり暮らすというのも選択肢としてはありだ。

 だが相手の顔も分からないまま、命を狙われるかもしれない状態で過ごす気にはなれなかった。

 私だけならともかく、魔女となってしまったセリーヌのことを考えると、このまま受け身で居続けるのは得策ではない。


「手紙には一ヶ月後に参上すると書いてくれるかしら? 私たちにとっての敵の顔を拝んでおくのも悪くないわ」

「そう言うと思いました。旅にかかる費用や荷物はこちらでご用意します」

「ありがとう。悪いわね」

「いえ、リーゼ様は救国の英雄なのですからお気になさらず」


 ギルドマンは恭しく頭を下げ、部下たちを引き連れてヴァラガンに戻っていった。

 私は窓から彼らの後ろ姿を見送ると、深くため息をついた。


「やっぱり会いに行くのか。行くのなら我も行くぞ?」

「そうね、全員で行きましょう、ここに一人残しておいて何かあっても怖いしね」


 私は昼寝を始めたセリーヌを眺める。

 もう十日もすれば、普段の生活ができる程度には体が不思議に慣れるだろう。


「残りの一ヶ月で何をするつもりだ?」

「セリーヌに最低限の魔法を叩きこむ!」

「マジか……」


 シュトラウスは可哀想なものを見るような目でセリーヌを眺めていた。





第一部 完


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