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第三十九話 魔女化

「これでもダメなの?」


 私は肩で息をしながら絶望する。

 シュトラウスは全ての力を使い切り、横に座り込んでいた。私は魔眼の使い過ぎで頭が割れそうだ。

 不死鳥を用いたいまの一撃は、私の出せる魔法の中でもっとも高出力の魔法だ。

 いまので倒しきれないとなると、いよいよ手段がなくなってくる。


 白い霧の中、巨大な赤黒い巨人が動き出す。

 ハルムは兜に包まれたその顔を私たちに向ける。

 とりあえず完全に敵として認識されたらしい。

 ここまで手を尽くしてようやくその段階か……。


 やがて白い霧が晴れ、体の中心に穴の開いたハルムは、しかしゆっくりと進行を開始する。

 まるで何事もなかったかのように、歩き出した。

 もう打つ手はない。

 唯一あるとすれば、いまハルムの奥で燃え上がった炎のみ!


「舞い戻れ!」


 私の声が響き、ハルムの体を貫通して灰となった不死鳥が蘇る。

 不死鳥は寿命を迎えると灰となって蘇るとされている。

 それは私の相棒も例外じゃない。


 不死鳥は雛鳥の姿のまま炎を纏う。

 すると炎の中で徐々にその姿を変化させていき、雛鳥から元の姿まで数秒で再生していく。


「やれ!」


 私は割れそうな頭を抱えながら、魔眼を発動させる。

 本当に最後の一撃だ。

 これで無理ならもう……。


 私の願いを受け取った不死鳥は再び宙に舞い、全身にマグマを纏って再度突撃する。

 地形を変えるほどの一撃。

 轟音を響かせ、ハルムに二度目の攻撃を加える。

 不死鳥の最後の一撃は、ハルムの頭部に直撃し、視界を覆う程の爆発を見せる。

 爆風は再び私たちをのけぞらせ、地響きが足を伝って体を震わす。

 本当に最後の一撃だ。

 私は立っていられず、シュトラウスと同じように尻もちをついてハルムを見上げる。


「……もう何もでないわ」


 本当の限界を知った。

 全身が震え、寒気を感じる。

 頭は割れそうで、目の奥が強烈な熱を秘めている。


「逃げて!」


 私は数秒の沈黙の後、即座に背後にいる騎士団たちに声をかけた。

 ハルムは数秒間停止しただけだった。

 数秒間停止して、不死鳥の一撃で受けたダメージを回復して再び歩き出した。


「セリーヌも! 早く!」


 私は懇願するように訴える。

 ハルムは科学を吸収する存在だ。

 人間だって吸収される可能性がある。

 私やシュトラウスのように、元から不思議に分類される存在ならともかく、騎士団の人たちやセリーヌのような人間はそうじゃない。


「嫌だ! リーゼとシュトラウスを置いて行けない!」


 セリーヌはそう宣言してバッグの中を漁りだした。

 彼女の背負うバッグは、洋館を出発する際にセリーヌに持たせたものだ。

 バッグの中には薬草の類いを入れてあったのだが、妙に軽そうなバッグを見るとほとんど騎士団に使ったらしい。

 その中で彼女が持ち出したのが一本の細い瓶だった。

 中では赤い液体が、勝手にぐるぐる巡っている。


「リーゼが言ったよね? ハルムが迫ってきたらこれを飲んでって」


 セリーヌは瓶を軽く振って見せる。

 確かに言った。

 彼女を守るための薬。

 ギルドマンたちは最初こそセリーヌを連れて行こうとしていたが、抵抗した彼女を見て判断を変え、逃亡を開始した。

 正しい判断だ。

 ヴァラガンに住まう数万人以上の人間たちの避難を開始しなけらばならないのだ。

 撤退の判断が遅いぐらいだろう。


 いまからセリーヌが逃げたところで、子供の足で逃げ切れるわけもない。

 私も魔眼の使い過ぎのせいで、プレグを呼び出すこともできない。

 合理的に彼女が助かる手段は、もうそれしかないのだ。


「飲むよリーゼ」

「……分かった。だけど苦しいわよ?」

「うん!」


 セリーヌは勢いよく薬を口にする。

 瓶の中の真っ赤な液体が、セリーヌの体内に入っていく。

 それを眺めていたシュトラウスが、驚いた様子で私を見た。

 彼ならあの液体がなんなのか分かるのだろう。


「う……ああぁぁぁ!」


 セリーヌはその場に崩れ落ちてもがき苦しみ始めた。

 仰向けに倒れ、体をめちゃくちゃに動かし続ける。

 時折彼女の姿が蜃気楼のようにぼやけたり、眩しく光ったりせわしない。

 苦しんでいる彼女を見るのは心苦しいが、これで彼女は助かるはずだ。


「シュトラウス、ちょっと手伝って」


 私は傷む体に鞭を打ち、シュトラウスと二人がかりで、暴れるセリーヌを抱えてハルムの進路から移動した。

 こうすればハルムに踏みつぶされることなく、セリーヌは吸収されずに済む。


「彼女を任せたわね」

「おい、何をするつもりだ?」

「だって私がここにいたら貴方たち助からないでしょ? 前に言ってたじゃない? ハルムは私を警戒してるって」


 私はそう言って立ちあがる。

 その間にもセリーヌは苦しみ続け、やがて少しずつ大人しくなっていった。

 これでいい。

 彼女はこれで魔女となった。

 あの薬は、彼女から採血した血液と私の血、つまり魔女の血を混ぜ合わせたもの。

 それも数年間に渡って調合し続けた奇跡の薬。


 セリーヌはずっと魔女に憧れていた。

 魔女である私に助けられたのだし、当然の感情だと思う。

 だけど私はそれをできないと言い続けてきた。

 この国で生きていくのに、魔女はあまりにも生きにくい。

 彼女の将来のことを考えると、彼女が魔女になるというのには反対だった。


 彼女には方法がないと答えていたが、実は一つだけ魔女になる方法がある。

 それがあの薬だ。

 服用する予定の人間の血液と、魔女の血液を数年間調合し続けた薬。

 調合期間が長ければ長いほど、成功率が高まる禁薬。


「セリーヌはどうなるんだ?」

「魔女になったのよ。私の血を受け継ぐから、それなりのね」


 シュトラウスは私の説明に目を丸くする。


「こうすればハルムが近づいても吸収されないでしょ?」


 魔女や吸血鬼のような”不思議”側の存在は吸収されない。

 実際はどうなるか分からないが、この予想を信じるしかない。


「じゃあね二人とも」


 私はシュトラウスと、眠ったまま目を覚まさないセリーヌにそう言い残し、再びハルムの進路上に立ち塞がった。

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