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第三十八話 激戦

「おいで」


 私は魔眼をフル稼働させて不思議を限界まで絞り出し、一度に五体のプレグを出現させる。

 白銀のオオカミ、金のライオン、白い大蛇、黒いカラス、それに不死鳥。

 今まで私と共に戦ったプレグたち。

 私たちの周囲には獣型の魔物が数えきれないほど出現していた。


「力を貸して」


 私が囁くと不死鳥を除いた全てのプレグが一斉に動き出す。

 白い大蛇が地面に潜り大量の白蛇を呼び出し、私たちの周囲に出現した獣型の魔物たちを押し出していく。

 その隙に金のライオンと白銀のオオカミが私のもとを離れて、各個撃破していく。

 黒いカラスはいつも通り空へ向かう。しかし獣型の魔物のさらに奥、ハルムの周囲に展開された魔物によって撃ち落された。


「なんだあれは」


 シュトラウスは驚きの声を上げた。

 なぜならカラスのプレグが撃ち落された時に響いた音は大砲の音だったから。

 ハルムの周囲に、人型の魔物が複数見える。

 彼らは人間の子供ぐらいのサイズしかなく、表情は見えないが数体がまるで人間の子供のように戯れて笑っているように見える。


「気持ち悪いわね」


 正直な感想を漏らす。

 人間を吸い殺すハルム。

 人間の創り上げてきた文明を破壊するハルムが、人型の魔物を発生させ、表情のないその顔でまるで人間のように振舞っている。

 近代的な武器も使い、まさに科学を不思議によって再現しているように見える。


「もしかしてあれって……」

「我もそう思う。きっと今までに吸収した物や人を模して戦っているのだろう。悪趣味なものだ」


 シュトラウスの顔が歪む。

 彼からは静かな憎悪が感じられた。


 そして彼の言う通りだろう。

 さきほど撃ち込まれた砲撃、その砲台にはエンプライヤの紋章が見える。

 間違いなくこのハルムはここに来るまでのあいだに吸収した科学や人を使っている。

 吸収した存在を自分なりに解釈し、ハルムと同じ赤黒い表面をした怪物として使役する。

 今回のハルムに知性があるというのは本当なのだろう。

 きっとレオが核として存在しているからに違いない。


「飛ばないでよ? 落ち落とされるわよ?」

「そんなヘマをするものか!」


 シュトラウスはヴァイオリンを生み出した。

 静かなモーションからヴァイオリンの音色を響かせる。

 ここには私の洋館を攻めて来た時のような、彼のヴァイオリンを相殺する魔物は存在しない。

 ならばこれだけで邪魔な魔物たちは全て消し去ることができるはず!


「どういうことだ?」


 シュトラウスは驚きの声を上げる。

 なぜなら彼の音色が相殺されたから。

 彼と全く同じ旋律を奏でたのは、ハルムの前に出現した女の形をした魔物。

 手にはシュトラウスと同じヴァイオリンを握っている。


「あれは……まさか!」


 私は嫌な予感がしてシュトラウスを見る。

 そして彼の表情を見て、私の予感が当たっているのが分かった。

 シュトラウスの表情が徐々に悲痛なものに変わっていく。


「なんでここでお前が出てくるんだ?」


 シュトラウスは泣きそうな声で呟く。

 やはりそうだ。

 人間の女の姿をしていて、ハルムが認知している存在。

 数百年前に亡くなった、シュトラウスが愛した女性。

 彼女ならシュトラウスのヴァイオリンの音色も知っているだろう。


 このハルムは数百年前のことも憶えているということなのか?

 シュトラウスのヴァイオリンの音色を聞いて、その記憶を持った個体を引っ張り出してきた。

 彼女が人間だった頃ならありえないことだが、ハルムによって不思議を与えられた今はその音色をなぞれば相殺できる。


「貴様!」

「待ってシュトラウス!」


 怒り狂ったシュトラウスは不思議の全てを振り絞りながら、ハルムに向かって飛んでいく。

 周囲に血でできた槍や刀剣の類いを無数に発生させ、それらを高回転で回しながらハルムに向かって斉射する。

 一斉に放たれた血の武具たちは、ハルムに次々と突き刺さる。


「舐めるなよ!」


 シュトラウスはさらに不思議を吹き出し、血がオーラのようにシュトラウスの全身に纏わりつく。

 その光は赤黒く、いまのハルムと同じに見えた。


 ハルムは頭の向きを斜め上に向ける。

 ようやくハルムがシュトラウスを敵として認識した瞬間だった。


「避けて!」


 私は危険を察知して警告を発した。

 シュトラウスは私が言うまでもなく、危険を察知していたようで急旋回をしてハルムの攻撃を躱した。

 ハルムが放った一撃に、なんの予備動作も無かった。

 せいぜいが不思議の動きが少しおかしい程度で、ハルムの頭の先で一瞬青く光った直後、人一人が軽く消し飛ぶであろう光線が放たれた。

 あの密度、あの速度……。

 おそらく当たったら吸血鬼でもただでは済まない一撃。

 シュトラウスの纏っている赤黒い血のオーラは鎧の役目も果たしているが、それでも直撃していたら一撃で死んでいただろう。


「シュトラウスに加勢して!」


 私の指示のもと、金のライオンと白銀のオオカミはシュトラウスの足元について行き、地上からシュトラウスを狙う魔物たちを消し去っていく。

 白蛇を私の周囲に大量に展開し、ハルムの攻撃が飛んできた際の防壁となる。

 ハルムは私にもさっきの光線を放ってくるようになり、速度的に躱せないため白蛇のプレグたちに壁となってもらうしかない。


「本気で行くわよ」


 私は魔眼をフル解放して不思議を自身の周囲に濃密に発生させる。

 その全てを不死鳥に食わせ、私は私のできる限りの一撃を放つ。


 不死鳥は全ての不思議を吸いつくして宙に舞う。

 全身からマグマが吹き出し、それが巨大な鳥の姿をかたどり、不死鳥の大きさを何倍にも見せている。

 不死鳥に向けてハルムが青い光線を放つが、赤黒いマグマがその光線を弾く。


「命を燃やせ!」


 不死鳥は私の言葉を翼に乗せて、大空を刈る。

 溢れ出たマグマで何倍にも大きくなった不死鳥が、まるで隕石のような勢いでハルムに突撃する。

 シュトラウスは不死鳥の攻撃に合わせてハルムの真上に移動し、巨大な血の槍を生み出してハルムに落としていく。


「下がって!」


 他のプレグたちをこちらに呼び戻してハルムを睨む。

 不死鳥の特攻を躱そうとしたハルムだったが、真上から振り下ろされた巨大な血の槍によってその場に縫い留められる。

 身動きを封じられたハルムの真正面から、燃え盛るマグマを纏った不死鳥が衝突する。

 不死鳥の一撃が当たった瞬間、大地が振動し大気が震えた。

 周囲に残っていた枯れ木は一瞬で燃え尽き、衝撃で私までもが倒れそうになる。


 視界に広がるのは赤と黒、その後に訪れた大量の蒸気の白だけだった。

 最後の一撃を放った後、シュトラウスはふらふらと私の隣に着地する。


「平気?」

「ああ、全てを使い切った」


 それだけ言って少年の姿に戻ってしまった。

 その場に座り込み、もう立てそうにない。

 本当に私のあげた血液の全てを使ったみたい。


「リーゼ!」


 思わぬ声に振り向くと、そこにはギルドマンと騎士団に護衛されたセリーヌの姿がそこにあった。


「セリーヌ!? どうしてここに?」


 しかし彼らの背後を見ると、ここまでやってきた理由が分かった。

 セリーヌたちの背後から魔物が複数体迫っていた。

 きっと砦が落とされたに違いない。


「やりなさい!」


 私は白銀のオオカミと金のライオンに指示を出し、背後から迫っていた魔物たちに紅蓮の炎と紫電を放つ。

 数体の魔物を焼き殺したところで、残った魔物たちは敵わないとみたのか撤退を始めた。


 ホッとして白煙に覆われたハルムに視線を移すと、白煙の中で巨大な何かが動いたのが見えた。

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