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第三十五話 リーゼの本気

「おいで」


 私は紫の魔眼をフル稼働させて、周囲に不思議を満たし続ける。

 その間にも私の頭上の炎の塊はまるで太陽のように輝き、周囲を神々しく照らしてく。

 やがて黄金の炎が爆ぜたかと思うと、中からは一体のプレグが姿を現し、私の隣に降り立った。


「あんまり使う気は無かったんだけど仕方がない」


 ため息と共に、私は炎の中から出現したプレグの頭をなでる。

 呼び出したプレグは不死鳥。

 私の首元のチョーカーのシンボルにして、私の切り札。

 不思議を用いた大火力戦術の最大戦力。


 私は不死鳥と共に、人型の魔物とトロールを睨む。

 人型の魔物は、騎士団の武器や鎧を消す能力を持っている。

 きっとあれはハルムの影響だろう。

 ハルム本体でなくとも、科学を吸収できるようになってしまった。

 厄介極まりない。


 だがそれよりも厄介なのはトロールだ。

 サイズは私たちの二倍を誇り、その分厚い皮膚はあらゆる魔法を弾く。

 それだけだったらまだ良かったのだが、いまはハルムの影響が逆に出ているのか、剣を振り回しあまつさえ投擲してくる。

 つまり文明を利用している。


「リーゼ様」

「私は良いから中に入ってなさい!」


 騎士団とギルドマンが砦の中に入ったのを確認し、私は不死鳥の足に掴まり砦とトロールのちょうど中間地点に降り立った。

 さきほど全て殺し尽くしたと思っていた人型の魔物が、トロールの背後から数十体姿を現す。


「邪魔よ」


 私が一言そう告げると、不死鳥の全身が赤く光り出し、さきほど出現した人型の魔物の全身から炎が噴き出した。

 不死鳥は炎を司る存在。

 その気になれば敵の不思議を燃料に炎を発生させることができる。


「やっぱりアンタには効かないか」


 突如発生した炎に焼かれ、苦しみ絶命していく魔物たちの中で、やはりトロールだけは平然と立っている。

 やはりあの皮膚だろう。

 ほとんどの魔法には耐えられる分厚い皮膚。

 そこにパワーと文明があわされば厄介なのは当然。


 戦場は燃え盛る炎に包まれていった。

 引火した魔物たちが苦しみながら枯れた木にぶつかり、次々と炎が移っていき、やがて戦場全てを覆うまでに炎の勢いが増していった。


「明るくて見やすいわね」


 私はクスリと笑い、いつのまにか隣に来ていたシュトラウスに話しかける。


「トロールか……久しぶりに見たな」

「吸血鬼のアンタも大概よ?」

「まあレア度という意味ではそうかもしれんが」

「というかなんでセリーヌまで連れてきてるのよ!」


 いま気がついた。

 彼の背後にピッタリとくっついたままのセリーヌが、私に向けて悪戯っぽく微笑む。


「仕方ないだろ。知らない人ばかりの砦の中は怖いって言うんだから」

「それもそっか……」


 それにもしもいま、砦の中に人に化ける魔物が混じっていれば、セリーヌにとって危険なのはむしろ砦の中かもしれない。

 そう考えればここにいたほうが安全ね。

 きっとそう。


 私は無理矢理納得し、視線をトロールに移す。

 トロールは燃え盛る炎の中、にやけ面を浮かべながらゆっくりとこちらに向かって歩を進める。

 その姿は不気味そのもので、文明を消し去ってしまう性質上、人間では絶対に敵わない怪物と化していた。


「シュトラウス、私の血を吸いなさい。貧血の吸血鬼なんて足手まといでしかないんだから」

「酷い言い方だな。まあ事実だから反論も無いが」


 シュトラウスはぶつくさ言いながら、屈んだ私の首筋に牙を突き立てる。

 少しの痛みと痺れる感覚。

 もしかしたらクセになりそうな感覚だ。

 彼に血を吸わせるのは初めてではないが、こんな緊迫感の中吸わせたのは初めてで、何か悪いことをしているような気さえしてくる。


「ありがとよリーゼ」


 数秒間の吸血の後、立ちあがったシュトラウスの声はいつもよりも低く落ち着いていた。

 振り返るとそこには、本来のシュトラウスの姿があった。


「絶対にセリーヌを守りなさいよ?」

「もちろん。ただ気をつけろよリーゼ。あいつら、うしろにもっと潜んでいるぞ?」


 シュトラウスの言うあいつらとは、トロールを指している。

 わかっている。

 いま目の前にいるトロールは五体。

 だがその背後に、もっとおぞましいほどの不思議が渦巻いている。

 彼の言うとおり、もう数体は存在しているだろう。


「リーゼ! あれ!」


 セリーヌが悲鳴をあげて指をさす先、立ち並び近づくトロールたちのさらに背後から、こちらに向かって走ってくるトロールが五体。

 先頭を歩いて並ぶ五体のトロールと違い、明らかに動きが速い。

 奥から走ってくるトロールたちは、先頭を歩いていたトロールたちを追い越して私に迫る。


「無駄よ」


 私が静かに告げると、不死鳥の目が爛々と妖しく光る。

 その直後、飛びこんできたトロールたちの足元から紅蓮の炎が吹き出す。

 流石のトロールたちも、この炎には耐えられず苦しみもがきながら絶命していく。


 さっきの炎は彼らが纏う炎を媒介とした炎。

 その出力は彼らが纏う不思議の量に依存する。

 トロールが持っている不思議の量は多いが、それ以上に彼らの皮膚は魔法に強い。

 だが今回の炎は関係ない。

 媒介に使うのは私の不思議。

 紫の魔眼を持つ私が使えば、ほとんど無制限に炎の威力を強化することができる。


「良かった。これでダメだったらどうしようかと思った」


 私は額に汗を浮かべて苦笑いを浮かべる。

 実際、これでダメなら苦手な肉弾戦に挑むしかなくなっていた。

 ニヤニヤしながら歩いていたトロールたちは、燃え盛る同胞たちを見て初めて動揺を見せた。

 ここで一気に畳みかける!


「力を貸して」


 私は不死鳥に指示する。

 全身に力を込めて魔眼を酷使し、不思議を全身から発散する。

 魔法に強い相手に魔法をねじ込もうとしているのだ、それなりに無理なことをしている自覚はある。

 その証拠に、額から汗が止まらない。

 体中が痛みを発し、体温が奪われていくのを感じた。

 貧血ってこんな気分なのかな?

 私は斜め後ろで体を支えてくれているシュトラウスを見る。


「どうした? もう限界か?」


 シュトラウスはわざとらしく挑発めいた言葉を投げかける。

 そんなキャラじゃないくせに、私を鼓舞するためか心にもないことを口にした。


「まさか! 見てなさい!」


 私は挑発に乗ってさらに不思議を供給する。

 トロールなんて、本来は一体でも倒すのに苦労する強敵。

 それが十体ともなればこうなるのは必然。

 おまけに魔法と相性が悪いとくれば、ここまで私が疲弊するのも納得というものだ。


「燃え尽きなさい!」


 私の宣言とともに、空に発生した獄炎の円環から炎がマグマのように垂れ始める。

 やがてそれは獄炎の川となって、トロールたちに降り注ぐ。

 触れた瞬間に泣き叫ぶ間もなく、トロールたちは溶けて消えていく。

 燃えるなんて生半可なダメージではない。

 完全に溶けて消えていく。


「やり過ぎじゃないか?」

「アンタが挑発したんでしょ?」

「それもそうだが」

「それにこれでトロールの背後に迫っていた増援も溶けてくれた」


 私は気がついていたのだ。

 トロールの背後にさらに発生していた魔物たちの群れを。

 彼らも一網打尽にしたと思えば、これだけの魔法を行使した甲斐があるというもの。

 ただ眼前に広がる景色が全て火山地帯のようになってしまったのは申し訳ないが……。


「地形まで変えられるのですか」


 砦から顔を出したギルドマンは驚愕の表情を浮かべていた。

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