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第三十四話 消耗戦

「これは……物凄い光景ね」


 セリーヌたちを指令室に残した私とギルドマンは、セドンレグ砦の最上階の見張り台にやって来た。

 ここからなら近場の戦場なら全て見渡せる。

 そしてここから見える景色に私は呆然とした。

 ギルドマンも同じく隣で硬直している。

 報告では分からなかった現実が広がっていた。


 戦場は人間側が意図的に木々を枯らした甲斐もあって、枝ばかりの木がまばらに生えている程度のほとんど荒地となっている。

 そこで先程交代して戦いに出た二十名の団員たちが戦っているのだが、どう見ても厳しい戦いになっている。


「この部隊でどれだけ持たせるの?」

「報告によれば二時間ほどと……」


 ギルドマンが青い顔で答える。

 どう見ても不可能に近い戦力差だった。

 二十名の団員たちは白銀の鎧を身に纏い、蒸気で動く槍を持って迫りくる魔物たちに応戦していた。

 彼らは五人小隊ずつに分かれて陣形を組み、お互いに死角が発生しないようにうまく立ちまわっている。

 確かに洗練された素晴らしい動きだが、どう考えても二時間は持たないだろう。

 きっとさっきまで戦っていた者たちもギリギリだったに違いない。


「敵の数が多すぎるそれに……」


 敵の姿は異様だ。

 確かに人型の魔物だと聞いていたが、あれでは本当に魔物かどうかすら判断できない。

 なぜなら魔物と思しき連中は、鎧を着込み兜を被り、手には剣を握っている。


「どういうこと? ハルムの影響を受けたのなら、尚のこと文明からは遠ざかると思っていたのだけど」


 ここに集まっている魔物たちは、確実にハルムの影響で生み出され強化された存在のはずだ。

 それがどうして文明を身に纏っている?


「考えているヒマもなさそうね」


 私は魔眼を解放する。

 人間に忌み嫌われ、恐れられてきた紫の魔眼。

 その力を解放し、自身の周囲を不思議で満たす。


「一気に蹴散らしてあげる! おいで」


 不思議を消費し、私はプレグたちを呼び出す。

 容赦はしない。

 様子見はなしだ。

 最初から飛ばしていかなければ、ハルム襲来までにかたずけられない。


 私の周りを炎が舞う。

 現れたのは四体のプレグ。


「ここ最近はよく呼ぶようになったものね」


 私は呼び出した四体のプレグを眺めて苦笑いを浮かべる。

 ちょっと前まで、呼び出すプレグは白銀のオオカミぐらいのものだったのだけれど、それだけ激戦が続いている証拠ね。


「力を貸して」


 首元のチョーカーに触れながら囁くと、各々のプレグは行動を開始する。

 白銀のオオカミと金のライオンは見張り台から飛び降り、排魔レパール騎士団と魔物たちのあいだに降り立ち、襲い掛かる。

 カラスのプレグは上空に飛翔し、いつも通り雷を後方にいる魔物たちに落とし始めた。

 白い大蛇はオオカミとライオンと同じく見張り台から飛び降り、地面に潜り込むと大地から大量の白蛇を出現させ、その圧倒的な数で魔物たちを次々と飲み込んでいく。


「お前たち! 私も加勢する!」


 私の加勢と同時に、ギルドマンも地上に降りていき参戦する。

 気合いの入った槍捌きで、鎧を着込んでいる魔物たちを一撃で粉砕していく。

 とても統括とは思えない動きで、他の団員たちと協力して戦線を押し戻す。


 敵の魔物は全て同じタイプというわけではないようだ。

 人型の魔物がある程度その数を減らすと、奥から巨大なトロールのような醜い巨人が姿を現した。

 手には棍棒ではなく馬鹿でかい剣を持っている。

 やはりどこかおかしい。

 別に武器を持っているのは構わないが、トロールが剣を振り回すなんて聞いたことがない。


「気をつけて!」


 私は果敢に挑む騎士団に警告する。

 私のプレグとギルドマンの参戦によって勢いづいた騎士団は、どんどんと陣地を回復させていく。

 次の交代まで持たせるための戦いではなく、敵を殺し尽くすための戦い方にシフトしていた。

 五人ずつ槍を構えて突進を繰り返し、人型の魔物に躱すスペースを与えず確実に殺していく。

 蒸気で稼働する鎧の力で人間離れした動きを披露し、魔物の剣戟を上手いこと躱していく。

 しかし油断は禁物。相手はただの魔物ではない。

 絶対何かある。

 そのための警告だったが、どうやら遅かったらしい。


「ぐっ……!!」


 魔物の剣をさっきまでと同じように槍で受けようとした刹那、騎士団の持つ槍が忽然と消えてしまったのだ。

 一瞬の硬直のあと、魔物の剣はそのまま彼の急所に深々と刺さり、血反吐を吐いて崩れ落ちた。

 あまりに異常な事態に、騎士団の動きが一瞬停止した。


「守りなさい!」


 私はその隙を埋めるため、プレグたちを騎士団の周囲に配置して迎撃させる。

 そのあいだにも、騎士団自慢の装備は一つまた一つと虚空に消えていく。

 一体どうなっている?

 何かしてくるとは思っていたが、あまりにも予想外過ぎる。

 まさかこちらの武器を取り上げてくるとは!!


「下がって! 装備がなければ戦えないでしょ!」


 私は必死に叫ぶ。

 人間嫌いのはずの私が、彼らに死んでほしくない一心で叫ぶ。

 私の意志に呼応して、プレグたちは魔物の軍勢から騎士団の撤退を手伝っていた。

 大技を出すわけではなく、彼らに斬りかかる敵から確実に仕留めていく。

 するとトロールが剣を振り回し、先程から雷を落とすカラスを殺そうと躍起になっている。


「届くわけないでしょ」


 届く距離を飛ぶわけがない。

 カラスのプレグは耐久性がほとんどない。

 そこらのカラスと同程度のもので、あんなデカい剣に触れてしまったら一瞬で切り刻まれてしまう。

 しかし油断したのは私もプレグも同じだった。

 トロールは剣を持った腕を背後に引いたかと思うと、そのまま剣を綺麗なフォームで投擲してきたのだ。

 信じられないほどの速度と正確さで、剣はカラスのプレグを貫く。

 さっきまで戦場に響いていた雷は消え失せ、カラスのプレグはその身に秘めていた不思議を霧散させて消えてしまった。


「嘘……」


 私は驚きのあまり頭が真っ白になる。

 トロールが剣を投げた?

 しかも人間のようなフォームで?

 信じられない! いくらハルムの影響で知能が上がっているとはいえ、トロールがあんな動きをするわけがない。


「あぶない!」


 ギルドマンの声が戦場に響く。

 その声は私に向けて投げられた声だ。

 なぜ危ないのか。簡単な話、さっきの要領で他のトロールが砦の最上階にいる私に向かって剣を投擲してきたからだ。

 身の丈と同じサイズの剣。

 恐ろしいとは思うが、残念。

 そんなものは私に届かない。


 私が指を鳴らすと、異常な速度で迫る巨大な剣が炎に包まれ、一瞬で溶けて消えてしまった。


「すげえ……」


 私を見て騎士団の者が呟いた。

 そんな声と眼差しを無視して、私はトロールと視線を合わせた。


「そんな不思議の通っていない攻撃が私に通るとでも?」


 そう告げる私の頭上には輝かしい黄金の炎が輝いていた。

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