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第三十三話 戦場へ

「騎士団員の半数が殉職、いま残っているのは六十名ほどです」


 団員の一人がうつむきながら答えた。

 その報告に衝撃を受ける。

 明らかに侵入者に対して有利に戦えるセドンレグ砦での攻防で、精鋭ぞろいの排魔レパール騎士団が半数も命を落とすとは信じられなかった。


「どういう戦い方をしたんだ? 籠城していればそこまでの損害は……」


 ギルドマンの言葉は、しかし団員たちの顔を見れば無理な話だと知る。

 彼らの恐れおののいた様子を見るに、籠城を許さない魔物が出現したに違いない。


「とにかく中に入れてくれないかしら?」


 私は団員たちに声をかける。

 なにも立ってする話でもないだろう。


「そうだな。案内してくれ」


 ギルドマンの顔はやや青白い。

 自分がヴァラガンに戻っている間に約半数の部下を失ったのだ。

 責任感の強い彼からしたら、耐えられない罪悪感だろう。

 砦の入口から指令室に向かう最中、ギルドマンはずっと黙ったままだった。


「こちらへ」


 団員が案内した部屋は、砦の二階にある部屋だった。

 安全上の都合か窓は無く、ここから外を窺い知ることはできない。


「まだハルムは来ていないのだろう?」


 シュトラウスが尋ねる。

 彼からすれば魔物の侵攻よりもハルムの到来の方が関心が高い。

 もちろんそれは私たちも同じこと。

 ここで魔物たちを全て倒せたとしても、ハルムの侵攻を止められなければ意味はない。


「はい。ここにやって来るまでにあと丸一日はかかると踏んでおります」


 団員が答えると、シュトラウスは渋い顔をする。

 一体どうしたのだろう?


「何か言いたげねシュトラウス」

「いや、なんというか押し寄せる魔物どもを蹴散らしたとして、その後にできることが少なすぎる。時間がないのだ」


 言われてみれば確かにその通りで、ここに到着した時点で日が暮れかけている状態。

 敵の魔物の総数も知れず、一日後にはハルムの来襲。

 あまりに猶予がない。


「そもそも籠城ができないとはどういう意味なんだ?」


 ギルドマンは籠城ができない理由を尋ねる。

 確かになんでできないのか疑問だ。

 もちろん、ハルムがあと一日で到着すると分かった現状で籠城する気は毛頭ないが、それでも理由が分からない。


 セドンレグ砦は鋼鉄の砦。

 しっかりと出入口さえ閉めてしまえば侵入はもちろん、破壊なんてできやしない。

 決して破られることのない砦に思えるが何故なのだろう?


「実はいま戦っている魔物は、全て人型の魔物なんです。おまけに擬態能力まで持っていて、籠城した時に中に一匹紛れ込んだらしく、内側から組織が崩されました。なんとかその一匹は仕留めたのですが、それ以降籠城は危険だと判断しました」 

「その一匹はどうやって潜り込んだ?」 


 そうだ。

 籠城していたのなら、擬態しようがなにしようが入れないはずだ。


「籠城と言えど、現段階では情報収集も必要でして、派遣していた斥候の者になりすまして侵入を許しました。もちろん今となっては籠城は可能です。しかし今度はハルムがやって来るとのことで……」


 そう。敵の侵入の仕方が分かったところで、今度は籠城をしている場合ではないのだ。

 ハルムの到着前に出来るだけ魔物の数を減らしておかなくてはならない。


「今はどういうローテーションで戦っている?」

「はい! 今は五人小隊で四部隊ずつ三つの分隊に分けて交戦中。もうじき交代で自分たちが出る番です」


 団員はそう答えると「失礼します」といって部屋を後にする。

 もうじき交代と言っていたため、前線に向かうのだろう。


「私も行くわ。ギルドマン、貴方は?」

「もちろんお供します。伝説に名高い”嫌われ魔女”の戦いっぷりを見させてください」

「嫌な異名を持ち出さないでよ」


 私は冗談交じりに指摘し、指令室のドアノブに手をかけた。

 ふともう一方の手を引かれたと感じて振り返ると、そこには不安げな表情で私を見上げるセリーヌの姿があった。


「リーゼ……私をおいていくの?」


 彼女のその姿はあの夜に重なる。

 セリーヌを拾った森の中。

 彼女の両親が影の魔物に殺されたあの夜。呆然と座り込んでいた彼女の表情と同じに見えた。

 ああそうか……あの時の彼女の感情が分からなかったが、今ならわかる。

 おいていかれる、一人ぼっちになる不安感でいっぱいだったのだ。


 両親を亡くした悲しみも、目の前で殺されたショックもあっただろうが、根底には一人にしないでという気持ちが渦巻いていたに違いない。

 年端もいかなかった彼女は唐突に一人になった。

 そのタイミングで現れた私、しかし今度は私が彼女を残して戦いに行こうとしている。

 セリーヌだってまだ子供とはいえ、当時よりも状況を理解しているし、私が途轍もなく強いというのも分かっている。

 それでもきっと今回だけは不安なのだ。

 さっきから飛び交う言葉が、全てマイナスな言葉ばかりだったから。

 だからきっと彼女を不安にさせてしまったのだ。

 もしかしたら今回はリーゼでさえ……と思わせてしまった。


「大丈夫だから待っていなさい。私がたかが魔物ごときに敗れると思う? 大丈夫よ。いつも通りに軽く蹴散らして戻ってくる。だからここでシュトラウスとお留守番してなさい」


 私はセリーヌの頭を何度も優しく撫でて、一度力いっぱい抱きしめた。

 小さく頼りない細い体。

 彼女は私と一緒にいるせいか、同年代の子たちよりも見たくないものを見てきただろうし、考え方も歪んでしまっている。

 大人なものの見方もするし、黙っていたほうがいい場面では一切口を挟まない。

 だけど彼女はそれでもまだ小さな女の子。


「絶対に無事に帰ってきてね!」


 セリーヌは念を押す。

 よっぽど不安に感じさせてしまったみたいだ。


「当然よ。私を誰だと思っているの?」


 私は自信満々な笑みを浮かべて、ギルドマンと共に部屋を出る。

 部屋を出る間際、シュトラウスに視線を送ると、彼は黙ってうなずいた。

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