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第三十二話 北の砦

 蒸気車に揺られながら、小さな窓から外を眺める。

 まだまだ昼真っ只中、日差しはヴァラガン周辺の大地を明るく照らす。


 ヴァラガン周辺は見晴らしのいい草原地帯となっていて、そこから東西南北に向けて交易用の街道が伸びている。

 普段は、いま私たちが走っているあたりでも人が歩いているのだが、緊急事態なのは住民たちも知っているので誰も出歩いていない。

 ここらの人間たちは、すべてヴァラガンに引き籠っているようだ。


「静かな街道ね」

「いつ魔物に襲われるか分かりませんからね」


 ギルドマンは真剣な眼差しで外を睨む。

 この近くに魔物の気配はしない。

 しかしそれでもギルドマンは警戒を怠らない。


「あとどのぐらいで着くんだ?」


 シュトラウスが欠伸をしながら尋ねる。

 ヴァラガンを出発してからすでに三時間程度が経過していた。


「まだもう少しかかります。もうじき、この先に山が見えてくるかと思います」


 ギルドマンの返事を聞きながら、私はドアを半開きにして身を乗り出し、前方を覗き見る。

 確かに彼の言う通り、蒸気車の向かう先には小さな山が見える。


「ゲディル山と呼ばれる場所です。山としてはそこまで大きくありませんが、位置的にヴァラガンに被害が及ばないという意味では、最終防衛ラインと言えます」


 地形的にも山の上というのは、補給さえなんとかなれば攻防において有利に立てる場所であり、最終防衛ラインとしては非常に優秀な立地だと思う。

 さらにゲディル山の近辺の地形も、その優位性を保っている。

 ゲディル山の左右は崖のような急斜面になっている。

 相手が魔物であるため正確なことは言えないが、人間の軍隊が相手だった場合、この地形は防衛にはうってつけだ。


「あの頂上付近にあるのが言っていた北の砦か?」


 シュトラウスは目を細めて、遠くに見えるゲディル山の頂上を睨む。


「はい。あの砦こそがヴァラガンの最終防衛ライン、セドンレグ砦です。四方を絶壁に囲まれた最後の砦。ここからだと小さく見えますが、実際にまじかで見るとヴァラガンのお城よりも巨大な建造物です」


 ギルドマンがやや誇らしげに説明する。

 あんな砦は一〇〇年前には無かったものだ。

 きっと前回のハルム襲撃から街を立て直す中で、次に襲われた時を想定して作られたに違いない。


「そっか、ヴァラガンがやられると次は王都ヘディナが襲われる。そのための予算が国から支給されたのね」

「まさにその通りです。ハルムの侵攻によってヴァラガンは都市機能の回復まで一〇年という歳月を捧げました。全ての文明を失ったのですから当然のこと、ただ国はまたハルムがやってくると考えていたようで、ヴァラガンの復興と同時に北の砦を用意させたと、記録されています」


 ギルドマンが語ってくれた限り、もはやセドンレグ砦はヴァラガン防衛の要所を通り越し、国防の要としての機能を期待されて建てられている。


「いまの戦況が気になるところね」


「私は無事だと信じています」


 ギルドマンは真剣な表情で言い切った。




 蒸気車はそれから一時間ほど進んだあたりで停車する。

 セリーヌはあまりに長い移動時間に眠りに落ちていた。

 私たちはセリーヌを中に残して外に出る。


「すごい景色ね」


 私は本音をもらす。

 なんというか自然に作られた山ではない気がした。

 不自然に用意された山という印象が拭えない。


 前方には山道がズルズルと続いている。

 山道の最上部には、木々に隠れたセドンレグ砦の後部が見え隠れする。

 険しい山道は左右を森におおわれているが、そのさらに横に視線をずらすと地面が不自然に隆起しており、謎の壁となって敵の侵入を妨げているように見える。

 だからこそ違和感を覚えたのだ。

 普通、地面は勝手に隆起しない。


「随分と都合のいい地面だな」


 シュトラウスはケラケラ笑っていた。

 確かに都合がいい地面だとは思った。

 必要な部分は壁となって存在し、ゲディル山と崖のあいだを上手いこと塞いでいる。


「あれは科学の力で隆起させた壁です。新たに作るよりも効率が良いので」


 シュトラウスの言葉にギルドマンが答えて砦を見上げる。

 セドンレグ砦はいまのところ無事に思える。

 近くに魔物の気配もないし、不思議の流れも正常に思える。


「間に合ったみたいね」

「……最低限はといったところでしょうか」

「どういう意味?」

「行けばわかります」


 ギルドマンの言葉に首を傾げつつも、私たちは蒸気車に再び乗り込んでセドンレグ砦に向かって走りだす。

 山道を走っている分、さっきまでよりも車内は揺れる。

 窓から見える木々たちは、頂上に近づくにつれて葉を失っており、枝ばかりの森と化していた。


「汚染されているわね」

「葉があると視界が悪いですからね」


 平然と答えたところを見ると、どうやらわざとらしい。

 確かに魔物との戦いにおいて、視界が悪いというのはどうしようもなく不利に働く。

 基本的な身体能力が段違いなだけあって、不意打ちをされるとその差が顕著になる。

 人間側が魔物を安全に倒したいのならば、視界を確保し、罠を仕掛けて戦うしかない。


「このまま入城します」

「入城って……まあ城みたいではあるけれど」


 セドンレグ砦に到着した私たちは、蒸気車から降りることなく中に入ることができた。


 セドンレグ砦は実際に見てみると相当な規模だった。

 お城に匹敵するどころか凌駕している気さえする。

 砦そのものが鉄でできているのか、鉛のような色をしていて殺風景に見える。

 砦を囲む城壁は出入り口部分のみが鋼鉄の柵でできているが、それ以外の部分は鉄板のようなもので作られていて、容易に打ち破ることは難しいだろう。

 セドンレグ砦は三階建てとなっており、砦にしてはやや背の低い建物だが、そもそもが山の頂上に建てられているため見張り台としての機能は必要ない。


 鋼鉄の柵を越えたところで蒸気車は停車した。


「お待ちしておりました」


 蒸気車から降りると、排魔レパール騎士団の団員五名が横一列に並び敬礼をしていた。


「戦況は?」


 ギルドマンの問いに、五名の団員たちは複雑な表情を浮かべた。

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