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第三十一話 北の前線へ

「ハルムを見たのが北の前線ってわけね?」

「そうです。恐ろしい怪物でした」

「どんな見た目をしていたの?」

「巨大な人型の化け物でした」


 ギルドマンの答えに私は一瞬固まる。

 ハルムの姿は定型ではないとされている。

 一〇〇年前に現れた時は、巨大なクジラの姿をしていたのだが、今回は人型。


「巨大ってどの程度?」

「私の三倍はあったかと思います」


 おかしい。

 私の知っているハルムは、もっと巨大でおぞましい規模の怪物だったはず。

 それがたった人の三倍程度の大きさ?


 私はシュトラウスと視線があう。

 彼も信じられないといった様子だ。

 確かにハルムの姿は決まっていないとされているが、過去の記録を調べても全て巨大な部分だけは共通している。

 だから私たちは驚いた。

 人の三倍程度の大きさは確かにデカいが、巨大な化け物とは到底呼べないサイズだ。


「どうしてそれをハルムだと思ったの?」


 私は驚きを胸に秘めながら、ギルドマンに確認する。

 もしかしたらハルムが生み出した魔物を、ハルムと見間違えたのではないか?


「感覚的にあれが資料に残っていたハルムだと思ったのと、あれが通った後を見てそう思いました」

「通った後?」

「はい。リーゼ様もご存じの通り、ハルムは科学を吸いつくす怪物です。あの巨人が通った後には武器も家も道具も、およそ科学と呼べる物は全て消えてしまっていました」


 これでハルム本体であることが確定した。

 ハルム以外に、文明を吸いつくしながら進む存在を私は知らない。


「北の前線はここから距離はあるの?」

「私がハルムから逃げ出した地点は、ここから蒸気車で半日はかかる距離ですのである程度は離れています。ハルムは歩きでしたので、まだ到着までは当分かかるかと」


 ギルドマンの言う蒸気車とは、ここ十数年で一気に実用化までこぎつけた移動手段だ。

 蒸気の力を動力として進み続ける鉄の塊。

 軍用車としても重宝されていて、ヴァラガン市内でもよく見かける。


「他の騎士団の連中はそこで戦っているの?」

「いえ、いまは前線を下げて、ここから少し北に存在する砦で守りを固めております。報告によると、まだハルムは到着していないが多数の魔物が押し寄せているとのことでして、もしよろしければご同行願えますか?」


 ギルドマンは深々と頭を下げた。

 まだハルムが遠くに存在しているというのはいい知らせだ。

 一〇〇年前の時のように、街を犠牲にしなくて済む。


「シュトラウス、良いよね?」


 私は一応シュトラウスに確認をとる。

 まあ拒否権はないけどね。


「拒否権はないと言わんばかりの顔で確認するなよな」

「一応同意はとっておかないと、あとからグチグチ言われたくないし」

「我がグチグチ言ったことないだろ!」


 シュトラウスは一瞬ふらりとするが、まだそれなりに元気らしい。

 あと数日もすれば、貧血はさらに極まってくる。


「セリーヌは……」

「お留守番は嫌だよ!」


 私の言葉にかぶせ気味に、セリーヌが拒否した。

 やっぱりそうだよね。

 私も流石にここに置いておくのは無理かなって思いながら提案したんだけど、やっぱりそうだよね。


「わかってるよセリーヌ。一緒に行こう」

「本気ですか?」

「本気よギルドマン。彼女は私が一番近くで見守るって決めたの。絶対に殺させないわ」


 私の宣言を聞いて、ギルドマンは静かに一度だけ頷いた。

 彼にも伝わったようだ。

 私の覚悟と気持ちが。


「さっそく向かうのか?」

「そうね。早い方がいいでしょ?」

「はい。向かいましょう!」


 ギルドマンはそう言って装備を整え始めた。

排魔レパール騎士団の鎧を着込み、手には蒸気で動く槍を握る。

 これが騎士団の戦闘スタイルだ。

 胸に刻まれたエンプライヤの紋章のように、蒸気を上手く取り入れた戦い方をするのだ。


「ここから北の砦へはどのくらいで到着するの?」


 私は地図を見ながらギルドマンに尋ねる。


「ここから蒸気車で数刻走れば到着するはずです」


 槍を持ち、鎧を着込んだギルドマンが姿を見せる。


「そうしていると本当に騎士みたいね」

「本当に騎士なんですよ。統括になってからは前線から離れていますが」


 ギルドマンは苦笑いを浮かべ、椅子に腰を下ろしたかと思うと、凄まじい勢いで紙に何かを書きなぐり始めた。


「何を書いているの?」

「私が留守の間の指示書です。統括が不在の場合、内政を任せている者がおりますので」


 私の疑問に答えつつ紙に書く速度を落とさない、実に器用な男だと思う。


「とっとと倒して、そんな紙なかったことにしてしまいましょう」


 私はそう言って部屋を出ようとする。


「どこへ?」

「どこって、屋上だけど?」

「ダメですよ。砦へはちゃんと蒸気車で向かわないと、敵だと思われて厄介です」


 ギルドマンの指摘に私は渋々納得した。

 絶対カラスで飛んでいった方が早いと思うのだが、魔物と絶賛戦闘中の砦に向かうのに空からプレグで登場するのは確かに危険だ。

 下手したら撃ち落されかねない。


「準備ができました。向かいましょう!」


 ギルドマンは立ち上がり、私たちの先頭を行く。

 お城の前に用意されていた屈強そうな蒸気車に乗り込む。

 普段ヴァラガンで見かける蒸気車とはえらい違いだ。

 剥き出しの鉄の質感がより無骨な印象を与え、何重にも施された装甲は、ある程度の攻撃には耐えられそうな設計だ。


「随分と逞しい蒸気車ね」

「これは戦闘用の中でも要人輸送用ですからね。ちょっと不格好なのは我慢してください」

「別に気にしないわ。命のほうが大事ですもの」


 私はそう言ってセリーヌを胸に抱き寄せた。

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