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第二十三話 リーゼの過去

 イリイドの森での激闘の末、私たちはメイストを倒すことに成功した。

 しかしその代償はあまりにも大きかった。

 隠れ集落の魔女たちの全滅。

 ただでさえ数の少ない同胞たちを失ってしまった。

 私はまた守れなかった。

 一〇〇年前から、そこだけは何も成長していない。


「なあリーゼ、アンタはどうして一〇〇年前、人間たちを庇ったんだ?」


 イリイドの隠れ集落に墓標を建てた私たちは、プレグに乗って洋館に戻っている最中だった。

 墓標を建てているあいだに少年の姿に戻ってしまったシュトラウスは、プレグの背中の上で私の腰にしがみつきながら尋ねてきた。


「前に言わなかったっけ?」

「たぶん聞いてない。聞いていたとしても忘れた」

「はぁ……」


 私は軽くため息をつく。

 あんまりあの頃のことは思い出したくない。


「どうして人間嫌いのアンタが人を救おうなんて思ったんだ? ハルムは不思議の王だ。魔女は本来そっちよりの存在だろう?」


 シュトラウスの主張はもっともだ。

 魔女は不思議の担い手、本来ならハルムは味方であるはずだ。

 それでも私がハルムの侵攻を阻んだ理由は簡単。

 私は一人の人間に恋をしていたからだ。


「別に最初から人間を嫌っていたわけではない。そもそも私は”嫌われ魔女”だ。嫌っている魔女ではない」

「ということはどっかで人間を憎むようになったってことだろう? 空の旅のお供に聞かせろよ、セリーヌの前では話しにくいだろう?」


 シュトラウスは私の腰にしがみつきながら、中々にすかした態度をとる。

 非常にダサいのだが、言っていることは事実なので黙っておこう。


「私がどうしてハルムと敵対したか、それは簡単。当時の私には恋人がいた。レオ・ローゼンという男。彼は魔女と人間のハーフだった」

「魔女と人間のハーフなんて存在するのか。初めて聞いたぞ?」

「当然よ。私も初めて出会った。最初は好奇心で近づいたの。本当に初めて見たし、聞いたこともなかったから」


 私は一〇〇年以上前に思いをはせる。

 いまは亡きレオ・ローゼンの姿が瞼のうらに蘇る。

 漆黒の黒髪に、それとは対照的な女性のように白い肌。

 私より頭一つ背の高い逞しい背中。

 初めて私は恋に落ちたのだ。


 好奇心で近づいた私の心の内を見透かしていながら、彼はそれに気づかぬふりをして私の隣に立ち続けた。

 私の魔眼を見ても動じず、周囲の私に対する態度に本気で怒ってくれた。

 人の温もりを知らなかった私が彼に好意を抱くのは必然だった。


「それで、どうしてヴァラガンを守った?」

「彼が守ろうとしたからよ。ただそれだけ。当時の私は今ほど人間を嫌っていないけれど、それでもどうでもいい存在だと思っていた。だから私の動機は本当にそれだけ。彼が人間を守りたいと望んだから」


 思えばそれが全ての間違いだった。

 あの戦いで私は、最愛の彼を失ったのだから……。

 戦う理由を他人に委ねたのが間違いだった。

 その結果で何を失うのかを、私はあの時思い知ったのだ。


「その時か?」


 シュトラウスは遠慮がちに尋ねた。

 彼にも遠慮するとかそういった配慮が存在するのかと驚いた。

 だが確かに思い返せば、彼が一度でも強引に話を進めたことはない気がする。


「ええそうよ。あの時の戦いで彼は命を落とした。正確には生贄になったようなものだけど」

「生贄? 妙な言い方をするんだな?」

「……彼の命と引き換えにハルムを撃退できたんですもの。ある意味生贄でしょ?」


 私はさらっと答えた。

 これが強がりだということも理解している。

 だって私はあの時のことを、一〇〇年も引きずっているのだから。


「一〇〇年前、ハルムは相当弱っていた。いや、正確に言えば、私たちがヴァラガンの兵器と共に弱らせていた。だけど決定打がなかった。ハルムは不思議の王。そう簡単に撃退なんてできなかった」


 当時は巨大な空飛ぶクジラの姿をしていた。

 ヴァラガンの城壁に迫るあの怪物の姿は、今でも脳裏に焼き付いている。


「ではどうやって撃退したんだ?」


 腰に回す彼の手に力が入る。

 もしかしたら結末が想像できてしまったのかもしれない。


「彼よ。いつまでも決着がつかずに焦っていた彼は、自身を生贄に捧げれば撃退できることに気がついた。気がついてしまった」


 私は思わず本音が漏れた。

 自分でも声が沈んでいるのを自覚した。

 洋館に戻る空の上で話すようなことではないのかもしれないが、こんな話をセリーヌには聞かせたくなかった。

 そう思うと、意外とこの場所は全てを話すにはちょうどいいのかもしれない。


「不思議の王であるハルムは、人間たちの技術が発達した場所に現れ、科学を飲み込む。レオ・ローゼンとやらがそれに類する魔法、もしくは体質でも持っていたのか?」


 シュトラウスの推測は的を得ていた。

 体質ではないが、レオが魔女と人間のハーフだったからこそ宿った魔法だと考えれば、シュトラウスの推測は全て当たっていた。


「流石は魔王ね」

「だろう?」

「貧血だけどね」

「やかましい!」


 少し茶化すとちゃんとのってくれるあたり、実は気も使えるできる吸血鬼なのかもしれない。


「君の言う通りよシュトラウス。レオの魔法は見たことのないものだった。科学を媒体にして自身の不思議に変換する魔法。だから彼は人里でしか戦えない。そこに文明物がなければ、彼は魔法が使えない。不思議使いとしては不完全で、ただの人間としては異質すぎる。そんな彼の特殊な能力が、対ハルム戦では決定打となった」


 今でも夢に見る。

 城壁の上で、覚悟を決めた時の彼の表情。

 全てを理解したうえで、人間たちの命と私を守るために身を捨てる者の目。


「彼は、レオ・ローゼンは、街中の文明を取り込んだ。全てを不思議に変換し、そのままハルムに向かって身を投げた。ハルムは科学を”飲み込めば”消えていく存在。そこに意思なんてものは存在しない。だから彼は、街中の科学を、カルマを一身に受けてハルムに吸収された」


 私が淡々と語ったあと、私の腰にしがみついていた貧血の魔王は、沈黙したまま私の背中をしっとりと湿らせていた。

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