「何を答えろというの?」
「とぼけないで。どうして魔女の貴女が、影の魔物を使役できるの?」
一番の謎はそこだ。
彼女がこの集落を襲ったのに疑問はないし、彼女自身が戦闘慣れしているのも別に構わない。
だけど影の魔物を操る術は存在しないはずだ。
吸血鬼だった彼らを、思いのままに動かす魔法なんて聞いたことがない。
「使役? そうか、貴女には使役に見えるのね」
メイストはバカにしたような表情を浮かべる。
「偉そうに」
イラっとした私は彼女の右腕を蹴とばした。
メイストは声にならない奇声を上げて、もがき苦しむ。
そうそう、それで良い。
貴女はそこで這いつくばって私の質問に答えていればいい。
私は一度だけ視線を逸らす。
背後に控えるプレグたちのさらに向こう側。
地面に横たわる老婆を見つめる。
彼女とは長い付き合いだった。
名前も知らない関係。
だけどたまにやって来る私を気にかけてくれた存在だった。
私の怒りは収まらない。
「とっとと答えなさい。そのあとでじっくり殺してあげる。同胞たちを手にかけた罪を償いなさい」
私は視線を再びメイストに向ける。
「そう……じゃあ教えてあげる。影の魔物は吸血鬼の成れの果てというのは知っているわよね? ではどうやって彼らは影の魔物に堕ちるのかは知っている?」
吸血鬼が影の魔物に堕ちる理由。
考えたこともなかった。
確かに何をどうすれば影の魔物に堕ちる?
あんな理性を失った化け物に……。
いや、そうだ。
理性を失っているはずの影の魔物が使役されるはずがない。
だとしたらさっきまでのは……。
「答えは知らないみたいね。教えてあげる。吸血鬼は人間の血で生きる種族。だけど彼らが魔に堕ちることがある。それは彼らが定期的に”魔女の血”を吸い続けることよ」
魔女の血を吸い続ける。
つまりここにいた影の魔物たちは、全員が魔女の血を吸い続けた結果ということになる。
でも誰の血を……まさか。
「気がついたみたいね。そう、彼らは私の血を吸い続けた。私が魔法で魅了して血を飲ませ続けた。結果、彼らは魔に堕ちた。影の魔物に堕ちた。これでさっきの答えになったかしら?」
さっきの答え。
影の魔物を使役しているわけではないという話。
もう分かってしまった。
彼らが影の魔物に堕ちた経緯を知れば、この関係は使役ではない。
「まるで愛だとでも言いたげね」
「大正解」
メイストはニヤリと笑う。
だけど確実に彼女の顔色は悪くなっていく。
魔法で治療すれば助かるだろうが、そんな素振りを見せれば私のプレグたちが黙っちゃいない。
「どうせ殺されるのだし、私も一応聞いていいかしら?」
「なに?」
「どうして同胞を守るの? どうして人間たちまで庇うの? どうして?」
メイストは本気で分からないといった様子だった。
滝のような冷や汗を流しながら、私に問いかける。
「どうして? 同胞を守るのは使命感のようなもの。ハルムから人間たちを庇ったのは……なんとなく。なんとなく、目の前で大勢の人間が死ぬのを見たくなかった。それだけの理由」
私は正直に答えた。
本当になんとなくだったのだ。
「なによそれ。それで人間たちに嫌われ、同胞たちからも恐れられるようじゃ意味ないじゃない」
メイストは呆れた表情を浮かべる。
私の行動にちゃんとした理由なんていちいち存在しない。
私はちゃんと生きていて、感情もあるのだから。
「それじゃ、そろそろ覚悟は決まった?」
「……はぁ。やっぱり見逃してくれないか」
「見逃すわけないでしょ? これだけ殺しておいて」
私の脳裏に、顔見知りだった魔女たちの笑顔がよぎった。
どれだけメイストと言葉を重ねようとも、彼女を殺したいという憎しみの感情は消えない。
「さようなら」
私が右手をかざしたとき、背後から妙な気配を感じた。
なんだ?
このおぞましい気配は?
私は恐る恐るふり返る。
プレグたちは、とっくに背後に出現したそれに意識を向けていた。
「ああ、やっと来てくれたのね」
「知っているの?」
安堵したような彼女の物言いが気になった。
来てくれた?
つまりあれは……。
「もう終わりよ。彼も影の魔物。それも”真祖”のね」
彼女の言葉を聞いてゾッとした。
背筋が凍るみたいな感覚。
真祖の吸血鬼が影の魔物に堕ちるなんて聞いたことがない。
「待って!」
走り出した白銀のオオカミに声をかけるが遅かった。
音速で動くオオカミは、一瞬で距離を詰めて影の魔物に食らいつこうと飛びかかる。
しかし影の魔物はさっきまでの個体とは明らかに違う動きを見せ、余裕そうにオオカミを躱すと、そのまま右手で首根っこを握り潰してしまった。
「そんな……」
今まで接近戦で白銀のオオカミが遅れをとったのを見たことがなかった。
それを見た他のプレグたちも一斉に動き出す。
カラスは空から雷を降らせ、蛇は地面に潜り込み、金のライオンは業火を放つ。
しかし無駄だった。
影の魔物が天を仰いで咆哮すると、全てが弾かれてしまった。
元真祖の影の魔物。
背丈は普通の人間二人分ぐらいはあり、その身に纏っている不思議の量も質も、他の影の魔物とでは比べ物にならない。
全身の表面は影が蠢いていて、その素顔を目にすることは叶わなかったが、その強さが異次元なのは理解できた。
「やっちゃって」
興奮したメイストの声が戦場に響いた。